源氏の君は、小君がどうやって姉を説きつけてくるかと、何しろまだ子供なのを心もとく思われながらも、横になって待っていらっしゃいました。 小君が帰って来て、やはり不首尾だった次第をお話しましたら、 「あまりにも珍しい頑固なあの人の気強さに、つくづくわたしも自分が恥ずかしくなってしまった」 と、おっしゃる様子が、小君にはおいたわしくてなりません。しばらくはお口もきかれず、深い不満のため息をおもらしになって、いかにもつらそうにうち沈んでいらっしゃるのでした。 |
帚木
の 心を知らで 園原そのはら
の 道にあやなく まどひぬるかな (園原の伏屋ふせや
に立つとか帚木よ 近づけば幻の如く消える帚木 その帚木のようにつれないあなたよ 逢いたさに訪ね探してどこともしれず 道に迷ってしまったこのわたし) |
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「何とも言いようもありません」 と書いてお届けになりました。女もさすがに眠れないでいたので、 |
数ならぬ
伏屋ふせや に生ふる 名の憂さに あるにもあらず
消ゆる帚木 (貧しい伏屋に生えるという 帚木の名に恥じて 人知れず消えてしまいたいのに 在っても無いような幻の樹の あの帚木のようなこのわたし) |
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とお返事をいたしました。 小君は源氏の君がたいそうお気の毒なため、いっこう眠たがりもしないで、お手紙の取り次ぎをしてうろうろ歩き回っているのを、人に怪しまれはしないかと、女君はつらがっています。 例によって、供人たちはいぎたく眠りこけていますが、源氏の君お一人だけは何となくお淋しくてならず、考えつづけていらっしゃいました。一筋縄ではいかない女の強情な気性が、帚木歌とは違って、一向に消えるどころか、かえって鮮やかに心に立ち上がるように見えるのがいまいましく、また一方では、それだからこそ、自分の心もこんなに惹きつけられるのだと、お思いになります。 それにつけても、あまりに情けないから、
「ええもう、どうともなれ」 と思われるものの、やはり、そうきっぱりと思いきれなくて、小君に、 「ひどくむさ苦しそうなところに閉じ込められていて、中には女房がたくさんおりますようですから、御案内するのは、畏れ多くて」 と申し上げます。小君は心からお気の毒に思っているのでした。 「よしよし、お前だけはわたしを捨てないでおくれ」 とおっしゃって、小君をお側にお寝かしになるのでした。 若々しくなつかしい源氏の君の御様子を、小君は心からうれしく、すばらしいと感じ入っておりますので、源氏の君も冷淡なつれない姉よりは、かえってこの弟の方を、しみじみいとしくお思いになっていらっしゃるとか。 |