〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part V-\』 〜 〜
── 坂 の 上 の 雲 ──
(五)
 

2015/05/11 (月) 

水 師 営 (六)

この作戦会議の最中でも、日本の砲弾は市街に落ちつづけた。このためステッセルもフォーク少将も、意気がすこぶるあがらず、フォークのごときはむしろコンドラチェンコの強気をからかう発言ばかりした。
主将のステッセルはそのフォークをおさえようとはせず、むしろ加担するような様子さえ見せた。ステッセルの降伏への傾斜は、すでにこの時から始まっていたというべきであろう。
コンドラチェンコの徹底防戦ろいう意見を積極的の支持したのは、平素無口な東正面指揮官ゴルバトフスキー少将であった。
「われわれは海軍を失ったが、なお旅順要塞の価値は高い。砲弾と食糧のつづくかぎり戦って、北方満州軍のために牽制活動をすべきです」
ところがフォークは、
「その北方満州軍がどうなっているのか、いっこうに消息がわからんじゃないか」
と、無意味なことを言った。北方満州軍との連絡が杜絶とぜつ してしまっているということは、籠城者の心理としてつらいことではあったが、しかしそのことは秋以来の状態であり、いまさらこの段階で発言すべきことではない。
この十二月七日の作戦会議で決まった新方針は、ことごとくコンドラチェンコの発案によるものであり、その点ではきわめて前向きのものであった。が、いざ実施する段階に入ると、ステッセルの処置はめだって緩慢になった。
それが、前線のコンドラチェンコにすれば、ステッセルのある意図から出たサボタージュであるとしか思えない。
このあと、激闘と混乱の中で、コンドラチェンコはついにゴルバトフスキー少将に対し、
「貴官も了承されよ。私は非常処置をとるかもしれない」
と、言ったことがある。
「ステッセルとフォークを逮捕してペテルブルグに送ってしまう」
というのである。コンドラチェンコは平素は対人関係においてきわめて温和で、無用の摩擦を避けることを心がけてきた。そのことをゴルバトフスキーはよく知っていただけに、この激語を聞いておどろいたが、しかし同意することは出来なかった。下級指揮官が上級指揮官を逮捕するなどは、ロシア陸軍の秩序のためにきわめて好ましくない先例を残すことになるし、その上、そういう過激手段は籠城戦にあっては好ましくない。その手段そのものが、ペテルブルグで流行している革命騒ぎと同じことになるのである。
「貴官はあとで宮廷の要人たちから弾劾だんがい を受けるはめになるだろう」
とゴルバトフスキーはとめたが、しかしコンドラチェンコの様子ではいつなんどきやるかもしれなかった。すくなくともステッセルが降伏を決定したとき、コンドラチェンコは手兵を率いてステッセルを逮捕するだろうということだけは確かであった。
このコンドラチェンコの重大発言が、どこをどのようにして伝わったのか、ステッセルの耳に入ったらしい。むろん、らしい、としか言えず、それ以上は調べようがない。

『坂の上の雲』 著:司馬遼太郎 ヨリ
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