十一月二十六日、旅順への第三回総攻撃が行われたこの日の児玉源太郎は、煙台の総司令部で、朝未明に起きた。心配で、寝ていられなかったのである。 軍服をつけ、帽子を横っちょにかぶって、廊下に出た。廊下の向こうに、不寝番がいる。その兵卒が、おどろいて敬礼した。 「ウン」
児玉は声だけでうなずき、挙手の答礼をしない。この児玉という男ほど、軍人でありながら軍人の形式動作を守ることが出来ない男もめずらしかった。ボタンはやいてい一つか二つ外れていたし、ときに靴を左右逆に履いていることもあった。 総司令部の厠
は、建物の背後にある。厠で用を足し、やがて出て来ると、辺りが明るくなった。陽ひ
が、昇りはじめた。 彼は厠のそばから、子供のように小さな掌をあわせて、この陽をおがんだ。この宗教心とはあまりり関係のない男が、満州における作戦に心労し、そのあまり旭日きょくじつ
を拝む習慣を身につけてしまった。それにしても厠のそばから拝まなくてもよいのに、彼はいつもこうであった。 はじめは、彼のスタッフのどの参謀も気づかず、総司令部付の下士や兵だけが知っていたが、ある日、松川敏胤大佐が児玉のあとから厠に入って、この光景を見た。 (言えば、はずかしがる人だから) と、そのことは児玉に対して触れなかった。 この旅順総攻撃の日、児玉は旅順の成功のために旭日をおがんだが、しかし、彼は乃木が成功するかどうかについては暗い気持しか持っていなかった。 元来、児玉は作戦を練る場合、考えぬいた挙句に二案を残すが、この二案から最後の一案を選ぶとき、つねに身が両断されるような苦痛があり、いまだかつて自信があって選んだためしがない。その最後に選ぶ一案の成功不成功に、国家の存亡がかかっており、しかも両案ともそれぞれ十分な理由がある以上、いわばクジを引くようなものであった。児玉自身、それをクジと呼んでいた。 「智恵というのは、血を吐いて考えても、やはり限度がある。最後は運だ」 と、児玉は思っている。そのクジを、児玉は旭日に向かって、 ──
勝ちクジにしてください。 と、祈っているのである。祈りの内容は実に素朴だが、しかしこの内容以外に、児玉が祈るべきことはないであろう。 いずれにせよ、旅順の乃木軍司令部が、それほどの真剣さで最後の一案を決めているかどうかということは、疑問であった。それに旅順の作戦は乃木に任されており、児玉は一切手を下していない。この朝、旭日に祈ったのは、乃木を頼みます、という内容でしかなかった。
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