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五分々々がやっと。 という児玉の観測は、話し手が陽気な児玉だけにからりと聞こえるが、もしこれを別の人の口から聞けばこれほど陰惨な観測はないであろう。 「どうにか六部四分まで漕ぎつけたい」 児玉は、くりかえした。 「つまり六ぺん勝て四へん負ける。このうちにたれか調停者が出てくるだろう。それが米国であることが望ましい。君に八面六臂
の大活躍を米国でやってもらうことを、おれはおがむような気持でいる」 陸軍作戦の総指揮者がそう言うのである。金子堅太郎はやや茫然として、 「それは私も米国にあって死んだ気でやってみる。しかし六分四分へなんとかならんか」 と言うと、児玉は満州・朝鮮の地図を出して来て、 「まず陸軍を朝鮮のしかるべき地点に上陸させて北朝鮮にいるロシア軍を鴨緑江おうりょっこう
以北に駆逐する。これが第一期作戦で、つまり第一番の戦いになる。この最初の戦いで負けると、もう士気がくじけてしまってあとは戦争もなにも出来ない。ここの戦いに勝つためには、ロシアが一万の兵力をもってくればこちらは二万で行く。向こうが三万ならこちらは六万で行くといったふうに、倍数をもって戦うつもりでいる。この第一番の戦いに勝てば向こうの士気も衰え、あるいは六分四分まで持ってゆけるかもしれない」 と、言った。 この児玉の作戦も説明もきわめて常識性に富んだもので、金子にもよくわかった。 このあと、海軍はどうかと思い、その足で海軍省へ行き、山本権兵衛大臣を訪ねて、児玉に対するときと同様、自分の米国での任務内容を語ると、権兵衛は先刻承知していて、 「なにぶん頼む。国運は君の奮闘にかかっている」 と、児玉と同じようなことを言った。これを聞いて金子は、 ──
すこぶる心細い思いがした。 と言う。このあと、山本権兵衛が説明した海軍の見通しというのは、陸軍の児玉よりもやや明るかった。 「まず日本の軍艦半分は沈める」 と、権兵衛は言う。 「人も半分殺す。そのかわり、残る半分をもてロシアの軍艦を全滅させる」 というものであった。 さらに財政の方も金子は調べた。 この方はお話にならず、とても戦費などはまかなえるものではなかった。 その窮乏状態は、最後の御前会議が終わったあと、大蔵大臣曾禰そね
荒助はとうてい自分の任ではないと辞表を出したくらいであった。 首相の桂太郎は心痛してこのあと元老の松方正義を訪ねて相談すると、松方は断乎慰留せよ、と言った。 当然であった。この開戦決定とともに大蔵大臣が辞任するというようなことでは列国はわが国の財政に不審を抱き、日本の維新は戦わざる前に失墜する。曾禰のいたらざるところは私が助けてなんとかこの危局を突破するようにする、と松方は言い、桂もそのつもりで慰留することにした。曾禰はやむなく辞意を撤回した。
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