道いと露けきに、いとどしき朝霧に、何処ともなくまどふここちしたまふ。
ありしながらうち臥したるつるさま、うちかはしたまへりしわが御紅 (クレナイ)
の御衣 (ゾ) の着られたりつるなど、いかなりけむ契りにかと道すがらおぼさるる。
御馬にも、はかばかしく乗りたまふまじき御さまなれば、また惟光添ひ助けておはしまさするに、堤のほどにて馬よりすべりおりて、いみじく御ここちまどひければ、
「かかる道の空にて、はふれぬべきにやあらむ。さらにえ行き着くまじきここちなむする」
とのたまふに、惟光こころちどひて、わがはかばかしくは、さのたまふとも、かかる道に率 (ヰ)て出でたてまつるべきかは、と思ふに、いと心あわたたしければ、川の水に手を洗ひて、清水の
(キヨミズ) 観音 (カンノン)
を念じたてまつりても、すべなく思ひまどふ。
君もしひて御心をおこして、心のうちに仏を念じたまひて、またとかく助けられたまひてなむ、二条の院へ帰りたまひける。
あやしう夜深き御ありきを、人々、
「見苦しきわざかな、このころ、例よりも静心 (シズココロ)
なき御忍びありきの頻 (シキ) るなかにも、昨日の御けしきのいとなやましうおぼしたりしに、いかでかくたどりありきたまふらむ」
と嘆きあへり。
まことに臥したまひぬるままに、いといたく苦しがりたまひて、二三日になりぬるに、むげに弱るやうにしたまふ。内裏にも、きこしめし嘆くこと限りなし。
御祈り、かたがたに隙 (ヒマ) なくののしる。祭 (マツリ)
、祓 (ハラヘ) 、修法 (ズホウ)
など、言ひつくすべくもあらず。世にたぐひなくゆゆしき御ありさまなれば、世に長くおはしますまじきにやと、天の下の人の騒ぎなり。
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