宵過ぐるほど、すこし寝入りたまへるに、御枕上 (マクラガミ)
に、いとをかしげなる女ゐて、
「己 (オノ) がいとめでたしと見たてまつるをば、尋ね思ほさで、かくことなることなき人を率
(ヰ) ておはして時めかしたまふこそ、いとめざましくつらけれ」
とて、この御かたはらの人をかき起こさむとすと見たまふ。
ものにおそはるるここちしておどろきたまへれば、火も消えにけり。
うたておぼさるれば、太刀を引き抜きてうち置きたまひて、右近を起こしたまふ。
これも恐ろしと思ひたるさまにて、参り寄れり。
「渡殿 (ワタドノ) なる宿直人 (トノイビト)
起こして、紙燭 (シソク) さし参れと言へ」
とのたまへば、
「いかでかまからむ。暗うて」 と言へば 「あな若々し」 とうち笑ひたまひて、手をたたきたまへば、山彦 (ヤマビコ)
の答 (コダマ) ふる声、いとうとまし。
人え聞きつけで参らぬに、この女君、いみじくわななきまどひて、いかさまにせむと思へり。汗もしとどになりて、われかのけしきなり。
「ものおぢをなむわりなくせさせたまふ本性 (ホンジョウ) にて、いかにおぼさるるにか」 と右近も聞こゆ。
いとか弱くて、昼も空をのみ見つるものを、いとほし、とおぼして、
「われ、人を起こさむ。手たたけば、山彦の答ふる、いとうるさし。ここに、しばし、近く」
とて、右近を引き寄せたまひて、西の妻戸 (ツマド) に出でて、戸を押しあけたまへれば、渡殿の火も消えにけり。
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