君は入りたまひて、ただひとり臥したるを心やすくおぼす。床の下に二人ばかり臥したる。衣 (キヌ)
をおしやりて寄りたまへるに、ありしけはひよりは、ものものしくおぼゆれど、おもほしも寄らずかし。
いぎたなきさまなどぞ、あやしくかはりて、やうやう見あらはしたまひて、あさましく心やましけれど、人違
(タガ) へとたどりて見えむも、をこがましく、あやしと思ふべし、本意の人をたづね寄らむも、かばかりのがるる心あめれば、かひなう、をこにこそ思はめとおぼす。
かのおしかりつる火影 (ホカゲ) ならば、いかがはせむにおぼしなるも、わろき御心浅さなめかりし。
やうやう目さめて、いとおぼえずあさましきに、あきれたるけしきにて、何の心深くいとほしき用意もなし。
世の中をまだ思ひしらぬほどよりは、さればみたるかたにて、あえかにも思ひまどはず。われとも知らせじと思ほせど、いかにしてかかることぞと、のち思ひめぐらさむも、わがためにはことにもあらねど、あのつらき人の、あながちに名をつつむも、さすがにいとほしければ、たびたびの御方違
(カタタガ) へにことづけたまひしさまを、いとよう言いひなしたまふ。
たどらむ人は心得つべけれど、まだいと若きここちに、さこそさしすぎたるやうなれど、えしも思ひ分からず。
憎しとはなけれど、御心とまるべきゆゑもなきここちして、なほかのうれたき人の心をいみじくおぼす。
いづくにはひまぎれて、かたくなしと思いひゐたらむ、かく執念 (シフネ) き人はありがたきものをとおぼすにしも、あやにくにまぎれがたう思ひいでられたまふ。
この人の、なま心なく若やかなるけはひもあはれなれば、さすがに情々 (ナサケナサケ)
しく契りおかせたまふ。
「人知りたることよりも、かやうなるは、わはれも添ふこととなむ、昔人も言ひける。あひ思ひたまへよ。つつみことなきにしもあらねば、身ながら心にもえまかすまじくなむありける。また、さるべき人々も許されじかしと、かねて胸いたくなむ。忘れで待ちたまへよ」
など、なほなほしくかたらひたまふ。
「人の思ひはべらむことのはづかしきになむ、え聞こえさすまじき」 と、うらもなく言ふ。
「なべて、人に知らせばこそあらめ、このちひさき上人 (ウエビト)
に伝へて聞こえむ。けしきなくもてなしたまへ」
など言いひおきて、かの脱ぎすべしたると見ゆる薄衣を取りて出でたまひぬ。
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