〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 
2007/01/26 (金) 死 闘 @

○旗艦スワロフが自由を失うまでに三十分とはかからなかった。
東郷の艦隊が最初の射弾を浴びせた時に、前部煙突が吹っ飛び、第二回目の射撃の時に12インチ砲弾が司令塔の覗き穴にぶちあたって塔内の人員の一部を即死させ、過半を負傷させた。
ロジェストウェンスキーは運強く軽傷だけで済んだ。しかし彼は司令長官であることに絶望せざるを得なかった。
なぜならば、艦隊の有力な指揮手段である無電装置が壊れ、無電技師のカンダウローフが死体になって提督の足もとにころがったからである。各艦に対する彼の意志が通じにくくなった。もっともこの提督は東郷がその優秀な日本製無線機を好んだようには、そのスラヴィアルコ無線湖を好まず、ほとんど旗旒信号に頼っていた。ひとつにはスラヴィアルコは故障が多かったともいうが、真因はこの提督の保守的性格にあったかも知れない。
彼は無線指導というものを頭から非能率なものだと信じ込んでいたような形跡があった。
この無線指揮については日本側とは対照的であったかも知らない。日本側はもっとも優秀な将校を選んで通信科の水準を高めていたが、ロシア側はそういうこともせず、通信は軍人がやらずに技師が担当していた。
これについては秋山真之がこの戦いが終ると真っ先に三六式無線電信機の開発者である木村駿吉を訪ね、
「勝利はあの三六式に負うところが多かった」 と、わざわざ礼を述べたと言うことでも、両艦隊の性格がよく表れている。
ロジェストウェンスキーは顔中が血だらけになっていた。軽傷とはいえ、小さな鉄片で額を割られていたのである。
そのあとわずか五、六分後再び司令塔にぶちあたった12インチ砲弾は、司令塔のあらゆる隙間から鉄片を塔内に向かって噴射した。ロジェストウェンスキーは足をやれれて倒れ、イグナチウス艦長も、ノコギリの刃のような細片を両腕いっぱいに受けた。
提督は戦時治療室に運ばれた。艦長はその後しばらく傷に耐えていたが、さらに頭部をやられた。
艦尾にいたセミョーノフ中佐が再び艦首へ行くべく司令塔に近づいた時に、ちょうど艦長が手すりにつかまりながら降りてくるところだった。
この艦長の陽気な性格は誰からも親しまれていたが、このときも平素と変わらず、
「たいしたことはないよ」
と、大声で言った。しの背後に炎があがった。
セミョーノフが司令塔に入ると、そこは死骸だけの部屋になっていた。舵輪も原形をとどめないまでに破壊されていた。
そのころ、後部主砲の砲塔に続けさまに二発の砲弾が命中し、左砲は根本から上へねじあげられた。しかし砲塔そのものはなお旋回し、時々思い出したように右砲が咆哮した。
この頃には水線部附近に大穴があけられており、海水が滝のように入ってきて、艦が左へ傾いた。
戦時治療室は中甲板にあった。この満員の病室にも命中し、そのあたりが火になった。
操船技師ポリトゥスキーはこの戦闘の日、軍医補助として白衣を着て負傷の手当てをしていたが、この火の中で戦死したかと思われる。
ロジェストウェンスキーは、ちょうど戦時治療室から去ったばかりの時で、あやうく助かった。が、去る途中で左脚のくるぶしを砕かれ、転倒した。

加藤友三郎は三笠の艦橋でたえず体の位置を移していた。相変わらず神経性の胃痛が間歇的に彼を襲い、体を動かすことによって痛みをなだめようろした。
加藤は双眼鏡を覗きっ放しだったが、このとき、レンズに拡大されて映っている敵旗艦スワロフの艦首が僅かに北へ動くのを見て狼狽した。
彼は後年もまるで冷血動物のように表情を変えないといわれたが、この時ばかりはその小さな、ちょうど萱で切ったような両眼に色が走った。このことを彼は予感していたのである。予感していたことが、ついに彼の先入主になった。敵艦隊が北走するのではないか、ということである。
ところがその予感どおりにスワロフが北へ回頭しはじめたのである。加藤ほどの男が、この進行中の事実を冷静に観察するよりも、自分の予感の方に判断を短絡させてしまった。
加藤は切り裂くように真之を振り返った。
まずいことに真之は双眼鏡を持っていなかった。
「肉眼で見る方が確かな所がわかる」 というこの天才的な男の一種神秘性を持った肉眼信仰が、この場合ばかりは役に立たなかった。スワロフの艦首の微細な変化など、肉眼でとらえられるはずがなかった。
加藤が真之の同意を得るべく振り返ったとき、真之はその両眼をするどく光らせてはいたものの、しかし顎だけはしきりに動いていた。例の空豆の煎ったものをポケットから取り出しては、噛み砕いているのである。
(このばかが----)
と、加藤は後々までこの時のことを思っては腹が立った。
真之はたしかに天才的な設計者であったであろう。しかし天才というものはその半面暗い不具性を兼ねているものかもしれず、現場での運営指揮ということとは別なものであるようだった。
加藤は、東郷の横顔を覗き込んだ。
東郷はそのプリズムの双眼鏡によって、より大きな像としてのスワロフをとらえていた。東郷もまた、加藤と同じことを思った。敵はわが艦隊の列後にまわって北走すべく回頭したのではあるまいか。
これを扼する必要があった。
「こちらも、左八点の一斉回頭をしましょうか」
と、加藤は砲声の中で怒鳴った。
東郷は双眼鏡を覗きつつうなずいた。
「左八点、一斉回頭。------」
加藤は甲高い声を張り上げた。
三笠のマストに旗旒信号が点々と揚がった。
その信号の意味は、各艦が各個に、そして同時に左へ九十度針路を変えよ。ということであった。後続する各艦が同じ信号を次々に掲げた。

『司馬遼太郎全集・坂の上の雲B』 著・司馬 遼太郎 発行所・文芸春秋 ヨ リ