〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 
2007/12/22 (土) ひ と つ の 謎 ── エ ロ テ ィ シ ──
たった一輪の花が 山の頂きにぽっかりと咲いた
少年は 愛する少女に その花をおくちたくて
ある日 その山にむかった
山はけわしく 草も木もない岩山で
その花は崖の上に リンとして咲き誇っていた
山のけわしさに 少年の心はかきたてられ そして挑んだ
ついにある朝 その花を折りとった少年は
少女のよろこぶ顔が見たくて 走った
少女の住むふもとの村へ 無我夢中で走った
そしてやっと たどりついた時
少女に手渡そうとしたその花は
もうすっかり 枯れていた

遠い風を恋するように 人はいつも何かにあこがれ さまよう
果実の実りを待ちきれなくて
森をかけめぐる果敢な 狩人のように
失うことも 傷つけることも そして苦しむことも
はじめから 知っているのに
こりもせず ふりかえりもせず その歓びを
どこまでも どこまでも どこまでも 追いかける

どんなに時代が変わっても 残されていく ひとつの謎が有る
人は どうして こんなにもたくさんのものを
求め 傷つけてしまうのだろうか
『愛する人へ 』 加藤登紀子自選詩集 著・加藤登紀子 発行所・株式会社 サンリオ ヨ リ