もとよりさる心をかはせるにやありけむ、この男いたくすずろきて、門 (カド)
近き廊の簀子 (スノコ) だちものに尻かけて、とばかり月を見る。
菊いとおもしろくうつろひわたり、風にきほへる紅葉の乱れなど、あはれと、げに見えたり。
ふところなりける笛取り出でて吹きならし、かげもよし、などつづしりうたふほどに、よく鳴る和琴 (ワゴン)
を調べととのへたりける、うるはしく掻きあはせたりしほど、けしうはあらずかし。
律の調べは、女のものやはらかに掻き鳴らして、簾 (ス) のうちより聞こえたるも、今めきたるものの声なれば、清く澄ねる月にをりつきなからず。
男いたくめでて、簾のもとに歩み来て、 『庭の紅葉こそ、踏み分けたるあともなれ』 などねたます。
菊を折りて、
『琴の音も 月もえならぬ 宿ながら つれなき人を ひきやとめける わろかめり』 など言ひて、
『今ひと声聞きはやすべき人のある時、手な残 (ノコ) いたまひそ』
など、いたくあざれかかれば、女、いたう声つくろひて、
『木枯に 吹きあはすめる 笛の音を ひきとどむべき 言の葉ぞなき』
となまめきかはすに、憎くなるをも知らで、また筝の琴を盤渉調に調べて、今めかしく掻き弾きたる爪音、かどなきにはあらねど、まばゆきここちなむしはべりし。
ただ時々うちかたらふ宮仕へ人などの、あくまでさればみすきたるは、さても見る限りはをかしくもありぬべし。
時々にても、さる所にて忘れぬよすがと思うたまへむには、たのもしげなく過ぐいたりと心おかれて、その夜のことにことづけてこそまかり絶えにしか。
この二つのことを思うたまへあはするに、若き時の心にだに、なほさやうにもていでたることは、いとあやしく、たのもしげなくおぼへはべりき。
御心のままに、折らば落ちぬべき萩の露、拾はば消えなむと見ゆる玉笹 (タマザサ)
の上の霰 (アラレ) などの、艶にあえかなるすきずきしさのみこそ、をかしくおぼさらめ、今、さりとも七年
(ナナトセ) あまりがほどに、おぼし知りはべなむ。
なにがしがいやしきいさめにて、すきたわめらむ女に心おかせたまへ。
あやまちて、見む人のかたくななる名をも立てつべきものなり」
といましむ。
中将、例のうなづく。君、すこしかた笑みて、さることとはおぼすべかめり。
「いづかたにつけても、人わろく、はしたなかりける身物語かな」
とて、うち笑ひおはさうず。
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