〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

2009/05/18 (月) 近藤 勇 (三)

剣の実力で身分を越える

身分を飛び越すためには、実力があるだけではダメで、乱世でなくてはならない。 「足軽の子は足軽」 「たかが百姓の分際で」 などという社会ではそんな機会はない。
もちろん実力がなければ駄目で、近藤ら新撰組の面々だけでなく、対立する側の坂本龍馬にせよ桂小五郎にせよ、あるいは近藤らの京都進出のきっかけを作った出羽国庄内の郷士清河八郎にせよ、一つの共通点があることにお気付きだろうか?。
それは剣の達人であるということだ。これは決して偶然ではなく、階級を飛び越えるにはそれが一番の近道だったからだ。
江戸時代は長い泰平の時代だった。当然、戦争はない。本来は 「戦士」 であるはずの武士が、その武士としての技量よりも算盤勘定などの技能の方がもてはやされる時代であった。近藤勇みの三十年ほど 「先輩」 に幕府の徒士組 (カシグミ) という最下級クラスから、算盤勘定の上手さを買われ勘定方というエリートとなり、ついには勘定奉行まで上りつめた川路聖謨 (トシアキラ) という人がいる。この人が勘定方に抜擢されたとき 「これでオレも正式な武士だ」 と喜んで剣術の稽古を始めたところ、同僚は 「ケガでもしたら御奉公にさしつかえる」 とやめるよう忠告したという」。 「鬼の平蔵」 が 「近頃の武士はなまくらになった」 と嘆くわけである。ところが、この事情が一変したのが 「黒船来航」 であった。
黒船はなぜ皆をおんなに驚かしたのか、どうも日本人は専門の学者も含めて、忘れてしまっているが、現代の事例を考えてみればいい。
たとえば、いま北朝鮮は核開発をする一方でテポドンUという弾道ミサイルを開発中だ。アメリカは必死になってこれをつぶそうとしている。なぜか?。テポドンUは米本土まで届くからである。そのミサイルが小型軽量化した核を搭載することが可能になれば、アメリカ本土全体が核ミサイルの射程距離に入ってしまう。
黒船とは当時の最新兵器だ。強大な蒸気機関を使う、浮かぶ 「哲の城」 である。この 「城」 はまた巨大な大砲を積み、日本全国どこでも艦砲射撃によって破壊できる。それまで、そんな兵器はなかった。だから海に囲まれているということは 「世界一安全な国」 であるということだった。近代以前世界最強だったモンゴル軍 (元帝国) もこの海の壁にはばまれ日本を攻略できなかった。ところが黒船という、軍艦マーチの一節にもある 「鉄 (クロガネ) の浮べる城」 は、この前提を180度転換した。
「海岸線=国境線」 に日本は世界一危険な国になった。すべてが黒船の大砲の射程距離に入ってしまったからだ。
こうなればサムライの本文である 「武」 が問われることになる。海外列強の侵略の野望から守らねばならない。だが武士の多くは長い泰平でその能力を失っている。となればまさに近藤たちの出番ではないか。

『英傑の日本史 新撰組・幕末編』 著者:井沢 元彦  発行所: 角川書店 ヨ リ