全く、傍若無人
というか、奔放
というか、見ようによっては一種の狂人とも言える秀吉の飛躍ぶりであった。 もともと性格がそうしたところへ
「関白」 という怖いものなしの地位と実力とが、彼を支えている。 手を鳴らして弟の秀長を呼びさらに秀長に、十二、三の青梅の実
とも見える一人の娘を連れて来させたころには、さすがに家康も茫然としてしまった。 「これ、宰相、お許は、徳川家に、鳥居伊賀守忠吉と申された大忠臣のあったことを存じておるか」 と、秀吉は言った。 「知るまい。お許は知らぬはずじゃ。その鳥居伊賀守忠吉という名をな、わしは若いころよく故右府から聞かされたものじゃ。家康をこの無類の用心深い大将に育て上げた陰の力は伊賀老人じゃとな。どうじゃ知っておるか」 「存じませぬが」 「そうであろう。お許はモノ知らずじゃ。その老人の伜が、こんども共に中に加わっておる甲府城代の重臣鳥居彦右衛門元忠じゃ・・・・で、あったの義弟」 「仰せのとおり」 「そのまた伜が、これ、この太刀持ちの若者じゃ。これを宰相、お許の婿にさっしゃい。お許はあと取りがない。秀吉が仲人
じゃ。これでお許の家も安泰じゃ。どうじゃ、よい婿であろうが」 秀長はさして驚いた風もなく、新太郎へ視線を移していったし、姫の方はまだ羞
らったりり頬を染めたりするほど熟してはいなかったが、新太郎がどんなに狼狽しているかと思うと、家康はうしろを見ずにいられなかった。 「ハハハ・・・・どうじゃ宰相、この若者、平然としてわれらを睨み返している。微動もせぬ。まばたきもせぬ。これじゃ。これを養子にせねばほかに養子にする者はない。よし、相談は大坂でしよう。姫を連れてさがれ」 そして、秀長がさがっていくと、すぐまたケロリとして女の話に移った。 「どうじゃなお許は。女子は、いったい強いのが好きかの、もの柔かが好きかの」 「ほどよいのが好きで、殿下は?」 「わしは柔いのがよいと思うが、これだけは思うに任せぬわい」 「みな強うござりまするか」 「悍馬
ぞろいでのう。みなわしの上に大あぐらをかこうとしてくさる。いやはや、関白殿下も女子の尻には敷かれ通しじゃ」 「それは難儀なことで」 「世の中がまるく治まるようになると、女子どもはいよいよ威張ろうのう。しかし、それも、まるく治まるめでたい御代
の証拠と思えば我慢もなろう。岡崎へ参っている大政所、朝日・・・・みなその類いじゃが、眼をつむってよろしゅう頼むぞ」 家康は
「あっ!」 と心のうちで叫んだ。こんなところで話が大政所の身んも上へ飛ぼうとは思っていなかった。この調子で作左衛門の行為を責められたら・・・・と、思うと、ふっと全身が固くなったが、すぐその次には秀吉の話題は
「茶」 の話に飛んでいった。 奔放無類と見えて、そのじつ一分もはずさぬ神経が怖ろしいほど鋭く一本通っている。 話をしているうちに家康は、秀吉の掌
でコロコロともてあそばれている自分を感じ、それが不思議な安定感とひとつになり、少しも不快でないのがおかしかった。 |