「そうそう、ご内儀にうかごうておきたいことがあった。作左どのと、ご内儀とでは、わが子を見る眼も違うておられよう。仙千代どのに、何か、聞いておかねばならぬ癖
はござるまいかの」 数正に問いかけられて、妻女は、ちらりと良人
を見やった。 きびしく差し出口を押えられている妻の、良人をはばかる眼
ざしで、丸い四十女の顔いっぱいに狼狽
が感じられた。 作左はわざとその眼を避けて、無愛想にわきを向いている。 「はい・・・・癖と申しますと、やはり、父によく似まして、時折り短気なことをいたしまするが・・・・」 「ほう、それは悪い癖じゃの」 「と申しても、分別なく人にいさかいは挑みませぬ。ただし・・・・」 「ただ、何でござるかな?」
「ただ・・・・」 と、もう一度救いを求めるように良人を見やり、相変わらず視線をそらしている作左衛門を見ると思い切ったように言った。 「於義丸さまが辱
かしめでも受けましょうものなら、その相手を許すまいかと存知まする」 数正は、うなずきまがら、 (これは聞かいでものこを聞いた・・・・) と、苦笑した。 (作左が女房が、作左と違うた答えをするはずはなかった・・・・) 「石川さま」 こんどは向うから銚子
をとって膝をすすめながら、 「仙千代とご一緒するはご二男の勝千代どのとうかたまわりましたが、勝千代どののご気性は、どのような・・・・?」 「勝千代は、われらによく似て・・・・われらとお思い下されば、それで充分かと」 数正も相手に負けない、いたずら心で答えたのだが、それを聞くと、なぜか妻女の顔色は曇った。 「ご内儀、どうかなされましたか」 「はッ・・・・いいえ、あの・・・・」 「勝千代がわれらに似ていては、ご心配のことでもござるのか」 「いいえ、あの・・・・よく、仙千代に申し聞かせてやりまするゆえ」 「これはしたり、何を申し聞かされるのじゃ」 「はい、あの・・・・ご家中の噂など、根もないことゆえ、よく」勝千代そのとご相談なされ、若君さまのご身辺をお守りするようにと」 「家中の噂など根もないことと・・・・!?」 数正はいきなり頭から冷水を浴びせられたような気がして思わずゾーッと身震
いした。 「では、ごゆりと・・・・すぐに酒を運ばせまするゆえ」 次に質問を怖れて、あわてて妻女は立ってゆく・・・・ 数正は、あまりのことにしばらく茫然
としてその後ろ姿を見送った。 数正に対する誤解は、作左の妻女にまで及んでいるのであろうか。いや、妻女はとにかく、わが子の勝千代と共に、大坂へ行く仙千代が、あらぬ噂を信じかけているらしいのは、いまの妻女の態度でよく分った。 (そうか、われらはもはや、秀吉のない内通者か・・・・) 数正は、息をつめて、そっと盃を膳に伏せた・・・・ |