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── 新 ・ 平 家 物 語 の 旅 ──
 

2013/03/28 (木) 盛 衰 の は て に

平泉の中尊寺ちゅうそんじ にある弁慶堂は、月見坂の左手に当たる。もとは愛宕堂だったが、山麓の弁慶堂が朽ちはてたために、弁慶と義経の像をここへ移して以後、弁慶堂と呼ばれるようになった。
弁慶が針ねずみのように矢を射られて、壮烈な立往生たちおうじょう を遂げたところは、衣川ころもがわ が北上川に合流するあたりの一角だと言われるが、現在では月見坂の登り口にその墓がある。土地の言い伝えによると、立ち往生した弁慶は、実は七つ道具を背負った藁人形で、盛岡の郷士舞踊の剣舞はそれを形取かたど ったといわれる。たしかに弁慶がそこで立ち往生してしまったのでは、蝦夷地への生脱説話は成り立たない。東北の田舎では、竹籠の中に藁束を入れ、川魚などを串に通してそれに差し込み、焼く風習があるが、この藁束をベンケイと呼ぶのは、弁慶の立ち往生に由来するとも聞いた。
義経の判官館は高館たかだち と呼ばれる。藤原ふじわら 清衡きよひら の時代には絶好の要害地とされていたらしいが、現在では北上川に浸食されて狭くなり、義経堂も切り立った断崖の上に位置している。しかしそこからの眺望はみごとで、北を流れる衣川の上流は、前九年の役、後三年の役で知られた古戦場でもある。
芭蕉が 「奥の細道」 紀行で平泉へ入ったのは元禄二年五月十三日のことだ。高館に足をとめ、時の移るのを忘れて歴史の興亡を思いやった。陽暦に直せば六月二十九日、もう夏である。

夏草や つわものどもが 夢の跡

文治五年四月三十日、泰衡に襲われた義経はこの高館で妻子を殺し、みずからも腹を切って果てたといわれる。 「新・平家物語」 では大物浦で消息を絶った百合野が、生き長らえて平泉を訪れ、姫をもうけるが、その二人を義経が道づれにし、持仏堂じぶつどう に火を放って自害するこしらえになっていた。
清衡、基衡二代の居館は 「柳の御所」 とよばれ、秀衡・泰衡館は 「伽羅きゃら の御所」 と称された。しかし、現在では柳の御所や弁慶屋敷は、北上川の川底と化しており、伽羅の御所も記念碑を残すだけとなった
義経たちが目にしたもので今も残っているのは、わずかに金色堂ぐらいで、北上の流れもすっかり形を変えてしまったが、川をへだてた束稲山たばしねやま の景観や、無量光院の背景をなす金鶏山、毛越もうつ の後山にあてる塔山などの眺めは変わらないと思われる。
それにしても、三代秀衡が造営した無量光院は、宇治平等院の鳳凰堂を模したといわれ、基衡夫人が営んだ観自在王院は東西四百尺、南北八百尺の規模をもっていたと伝えられる。とくに平安期の寝殿作りの形式のよる浄土庭園の遺構を残す毛越寺などは、大泉池のほかは礎石を残すだけに、かえって夢を誘われる。
衣川をへだてた一帯は長者ヶ原の廃寺跡で、金売り吉次の屋敷跡だと伝えられるが、礎石を見ると寺院の跡だとわかる。
「新・平家物語」 は武家政治の基礎を固めた頼朝が、建久九年十二月二十七日、相模川の橋供養の帰路、落馬し、それがもとで他界するまでをじよ しているが、その源平興亡の歴史は覇道であり、最後の平安を得る者は庶民以外にはないことを語っている。
吉野山の桜が見事だと聞いた麻鳥あさどり は、老妻のよもぎ とともに花見に行く、一度は無頼ぶらい に交じった息子の麻丸も、実直な職人に更生し、娘の円も施薬院の医生である安成と結ばれた。麻鳥夫妻は老後を案じることもなく、花の下で激動の時代を振り返り、よくもまあ踏み殺されもせずここまでやって来たと思い、どんな栄華の人よりも幸せだったとしみじみ語り合う。
吉川英治は、この麻鳥夫妻の述懐を最後に持ってくることで、人間の幸せとは何かの問題を読者にあらためて問うているのではないか。人はなぜ位階や権力をもとめて血を流し合うのでしょうかという蓬の言葉は、時代をこえて現代の読者にも深い共感を呼びおこすに違いない。
作者ははじめ壇ノ浦以後の平家敗滅の姿を描いて、戦後の混乱した世相にひとつの示唆しさ を与えたいと考えていたようだ。法然ほうねん の登場をもって全巻をしめくくるといった構想も抱いたらしい。だが 「新・平家物語」 は青年清盛の青春から筆をおこし、雄大な歴史叙事詩に発展した。
私もその源平盛衰の跡をたずねて、平泉の地まで歩いたが、その間に去来した思いは、激動の時代に生きた人々の非情な運命についてだ。吉川英治は 「新・平家物語」 の中で、昭和史の激動を振り返り、おたがいにこれほど大きな生きた歴史を体験した時代はなかったといい、それぞれの家で、また肉親の間で、その歴史につながってなまなましい痛手いたで を受けた深刻な国民的体験が、歴史や古典を見る新しい目を養ったことにふれていた。 「新・平家物語」 はその国民的体験の総和をも暗示する叙事詩なのだ。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ