光悦はまだ相手の説をそのまま鵜呑みには出来なかった。 人には人それぞれの執着があり、そのためには極度に自分を主張しようとするものなのだ。 仮に利休が自分の執着を正しいものと信じきって生きていたとしても、それはもう一つの
「世間の鏡 ──」 にどう映じてゆくかであった。 利休はしばらくして、サラリと茶さじを投げ出した。 「まだ納得できぬ顔のようじゃの」 「いかにも」 「どのところが気に入らぬのじゃ。遠慮はいらぬ言ってみさっしゃい」 「すると、居士はもう関白は見限ったと言わっしゃるのか」 「困ったのう」 と、利休は笑った。 「関白個人のことをとやかく言うても始まらぬ。人それぞれに業相
があるように、権力の座にもそれがある。それゆえその計算をしっかりと立てて立ち向う・・・・怒ってはいよいよ惨めな負けになると申しているのじゃ」 光悦はぐっと右肩を立てて、 「では関白は、権力の業で来るゆえ、居士は金の持つ業相を利用して立ち向うと言わっしゃるのか」 「そうしか解せなければ、それでもよかろう」 「ほかに解し方があるなら仰せられませ。相手の醜さに負けたのではない・・・・それを教化するために生きている・・・・そうわかれば光悦は、居士の前へ両手をついてあやまりましょう」 「あやまって貰いたくて言うのではない。関白には関白のよさがある。このよさ
はいかなる場合にも、完全という形ではなくて、人間の持つ悪さとともにある。その辺のことに気がつかぬと言っているのじゃ。気がつけば、自然に関白のよさ
にも気づく。光悦どの」 「なんであろう」 「こなた、一点の非のうちどころもない銘刀を見たことがござらっしゃるか」 「さあ。それは、しかし・・・・」 「違うとは言わせぬ。刀の人もおなじことじゃ!
と言うて、瑾 のある刀を許せというのではないぞ。それでは進歩はないからの、しかし完全なものを求める心と、完全なものがあるかないかとは別ものじゃ。完全を求めるあまり、小さな瑾を叩いて刀そのものを折るなと申しているのだ。その性急さが若いのじゃ」 「では、居士は、関白もあれでよし、駿河さまも許しておけと言わっしゃるのじゃな」 「そうじゃ。どちらも充分すぐれたお方じゃ。それをこなたもよく知っている。にもかかわらっず火のようになって怒っている。その原因は何であろうかと、わしはさっきからいぶかしんでいるだけなのじゃ」 「よし!
そうなったら、申しましょう。関白はこの光悦に、正宗の刀を作れ。正宗と極めつけの刀が褒美に必要ゆえ、すぐさま作れとお命じなされたのじゃ」 「ほう! それでわかった」 利休ははじめて膝を叩いた。と、同時にまたほとぼしるような光悦の言葉であった。 「さ、居士ならば何となされまする。ニセの名器に極めつけをせよと命じられたら、それも権力の持つ業じゃからと、言われるままになされまするか」 |