勝入はちらりと元助を見たまま、口を結んで馬を進める。 「父上!」 元助は舌打ちして馬首を並べ、はじめて父の唇辺
に、苦痛の色の隠されているのに気づいた。 「はて、お顔の色が冴
えぬ。どこぞ手傷でも」 「シーッ」 と、勝入は見顔で押えた。 「とりあえず、筑前どのへ、この勝利を知らせておけ。案ずることはない。踏み違えたのじゃ」 語尾を低くおとして右足をたたいて見せた。 元助はそれをどう受け取ったのか、うなずいてまた後ろへ駆け去った。 勝入は、そのまま朝の陽の露にきらめく六坊山に、幕を張らせて首実検をはじめていた。 (今ここで、このように時を空費してよい時ではないが・・・・) 心の中で、しきりに、続いて進んで来る森勢や、堀勢のことを気にかけていた。 堀秀政は、岩崎城の北の山寄り、金萩原に休息して、池田勢の城攻めの終わるのを待っていたし、秀次は、松戸の渡しを越えて猪子石の白山林に陣している。 それらが先鋒の池田勢にならって進撃を停止しているのだと思うと気が気ではなかった。 それだけに馬をおりるとすぐに痛みをこらえて足をふみしまたり、三歩、四歩と歩いてみたりした。 そのたびに、刺すような疼
きが胸から頭髪へ突き抜ける。ただの筋違いではない。確かにくるぶしのあたりを骨折している・・・・そう思うと、必要以上に、 「幸先がよいぞ。首級の数はどれほど挙げた」 よそおった声と口調で、側近の者に話しかけてゆくのだった。 「少し、足がほてる。焼酎
があるであろう」 小荷駄の中からそれを取り寄せ、さりげなくくるぶしを出して吹きかけたりした。 傷消毒の焼酎が、ツーンと冷たく骨にとおるほど局部はすでに熱を持ち、薄紫に腫
れ出している。 (何の、これしきの痛みなど・・・・) 酢と里芋をすりまぜて、それを塗布
してゆくと痛みは半減されるのだが・・・・そう思いながらも、負傷をみなに知られまいとして、そのまますぐに具足をつけ直した。 「どうかなされましたか」 途中で一度、伊木忠次が、ちょっと不審そうに問いかけたが、そのときも、 「何でもない。それにしても、この勝ち方は見事!
これは幸先がよいぞ清兵衛」 と、そのまま話をそらせてしまった。 「この戦で、何よりも大切なのは士気の鼓舞
と、骨髄 に刻んで知っている勝入の強がりだった。しかし、その勝入も、やがて眼を据えて息をのまねばならなかった。 勝入の実検に供する首級の数が三百を越えるという。みな競い立って討って来たものゆえ、見てやってくれるようにと、片桐半右衛門がはいって来たのだ。 (これはいよいよ時がかかるぞ・・・・) 勝入は、ふしぎないら立ちで、まず丹羽氏重に首に対した。 二十二歳の氏重の首は、作法どおりに髪をすかれ、血の汚れを洗われて、薄眼を開けて勝入をあざ笑っているように見える・・・・ 「うむ、これはなかなか・・・・幸先よい」 痛みをこらえて、勝入はまたうつろ
に笑った。 |