作左はまたフフンと笑った。その様子は、時に家康を揶揄
すりようなひびきを持つ。 「一戦せよと言うてする殿か」 「なんじゃと!?」 家康は、再び眼に笑いを取り戻して、 「うぬは、三方ヶ原で戦うた、わしの根性を忘れたな」 「忘れた・・・・」 作左はけろりとしてうなずいた。 「あのころの殿は勇ましかった。が、もはや忘れた・・・・忘れてよいのじゃ。が、殿・・・・」 「何を言おうというのだ。持って廻るな」 「いつか一度は戦わねばならぬ。そのときに位負けせぬ用意はあろうか。殿に・・・・」 「わしになかったら、そなたにあるというのか」 「これはしたり、四十二歳になられた殿に、この作左、なんでいちいち指図がなろうか、ご思案をいかがいにまかり出ました。ただし、ご思案がなければ、これよりわが家へ立ち戻って、腹切って死にまする。面白くもない世に生きているのは飽々
きした・・・・」 家康は呆れたように作左を見直した。 いつも突飛
な事を言い出すので、それに慣れている気であったが、腹を切るとは少々言葉がはげしすぎる。 「爺
・・・・」 「なんじゃ殿」 「こなた誰かと会って来たな?」 「会うたら悪いと言わっしゃるのか」 「喧嘩
の様な口を利くな。こなた、筑前がこんどの勝利は、わが家の興廃
にかかわる大事と言いたいのじゃ」 「それを殿が手をこまぬいている。こまぬいている間に、向うはさっさと事を運ぶ。わしは、あの猿に這
いつくばって仕えてゆく殿など見たくはない。それゆえ切腹したがよいかどうかと相談に来たまでじゃ」 家康の眉がピクリと動いた。あまりも暴言に怒りかけたのがよく分る。 しかし、それはただ一度だけで、やがて家康は庭の新緑に視線をうつして呼吸を整
えた。 秀吉に頭を下げて仕える自分を見たくない ── その言葉の裏にあるのは、自分への愛情と信頼だけなのだと思うと、叱って済むことではなかった。 「爺・・・・」 「思案があるのか殿。殿は信長公の生前も、決して家臣ではなかった。三河の親類であった。その殿が、筑前の家来に落ちて行くのは見たくない。これは決してこの爺一人の心ではなく、三河から生死を共にして来た、みんなの肚と思わっしゃるがよい」 「分っている。が、そなたの顔には別のことが書いてあるぞ」 「別のこと・・・・」 「そうじゃ、わしに思案があると見抜いている。それを聞かずにいられぬほど、そなた、年取って性急
になったのじゃ」 「ほう、これは面白い、そこまで分っていたら、その思案をうかがいましょう」 「試案は出来たが、さて、その人選じゃ」 「ふーむ、するとやはり、人を選んで、筑前がもとへ祝いの使者を出すのじゃな」 「祝いの使者は武将同士のつきあいじゃ。そのあとに思案がある。急がずに聞け」 言われて作左衛門はまた意地悪そうな眼で、じっと家康を見つめだした。
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