「利家どの、分ってくれるであろうな」 「いや、こなたさまに意地と言われるのが、この利家いちばん恐ろしい・・・・」 「ハハハ・・・・そう言えば、いつもそれで苦しめとおした。それゆえ、最後には・・・・のう、分って下され」 「修理どの・・・・おこ利家にも意地はあると思
されませぬか」 「ふーむ」 「利家にも意地はござる。利家は朋友
はむろんのこと、他人をも裏切りとうはない。まことを尽くして生きて来たと思いたい!
それゆえ、最後にもう一度と、思うているのだが・・・・」 そこまで言うと、とつぜん勝家は汗で汚れた手をあげてさえぎった。 「もうその事には触れぬとしよう。お身の心は分りすぎるほどに分っている。それより、われらが最後の願いをきいてはくれぬか」 「最後の願いとは」 「湯づけの接待をあずかりたい」 「おやすいご用でござる」 「それからもう一つ、今宵のうちに北の庄の城へ入れる駿馬
を一頭」 「心得ました。そのつもりで曳かせて来た馬がござる」 「それからもう一つ・・・・筑前の軍勢がやって来たら、お身は先陣を引き受けて、北の庄を攻めてくれぬか。それが筑前の疑心を除く第一の手だてになろう・・・・というて、そのためばかりではない。改めて名は言わずとも、落城となれば落命させてはならぬ者がわが身の城には住もうておる。これを密かに落とさせるゆえ、彼らが無事に筑前の本陣へ行きつけるように計ろうて貰いたいのだ」 利家はもう、何を言っても聞き入れる勝家ではないことを悟った。 城とともに落命させてはならない者とは、いうまでもなく、信長の妹お市の方と、その連れ子三人の事であろう。 (そこまで考えているのでは・・・・) 「最後の頼み、聞き入れてくれるであろうなあ」 「やむを得ぬこと、うけたまわりました」 「これで、思い残すことはない。では湯づけを」 「心得ました」 利家は自分で立つと、すぐ近侍を城内へ走らせた。そして野陣へ持参する三段重ねの塗籠を取り寄せさせると、町家の庭を開かせ、そこで勝家に弁当をすすめた。 供廻りのためには別に握り飯が運ばれて来たようだったが、その接待中には勝家の笑い声はもれたが、利家のそれは聞こえなかった。 むろん酒もわずかに運ばれて、別盃だけは汲み交わされたのに違いない。 「いや、これで生き返った・・・・」 そう言って再び往還
へ出て来た勝家の血色は、初めてここへ床几を据えたときとは見違えるほど冴えていた。 「筑前は名負
ての早業師じゃ。追いつかれぬうちに立ち退
こう。さらば、これにて」 新しく曳かれて来た雲雀
毛
の馬の平首をあたたいて、勝家は馬上の人となった。 陽はすでに傾きかけてはいたが、残照
はまだきびしい。その残照を背に受けて、みんなの姿が東へ駆け去るのを、利家はきびしい表情で見守った。 「これが、意地か・・・・」
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