その日勝家は、起き出すとすぐに矢立
てを取って一書を認 め、北の庄の城内に残っている中村文荷斎
のもとへ届けるように命じた。 柳ヶ瀬の陣屋で十七、十八、十九日と、やんでは降り、降ってはやむ雨の若葉を見ているうちに、お市の方はとにかく、三人の姉妹は早く処置しておいた方がよいと思い出したので、その旨を認めたものであった。 北の庄からの注進で、細川忠興の水軍が日本海から沿岸沿いにあちこち放火して歩くという。むろんこれは威嚇
にすぎないと睨んでいたが、それならば、それで、姉妹は忠興の手に渡してやるのが一番よいと考えたからであった。 「おれは文荷斎に渡してな、わしはまだ無事で退屈していると女どもに告げて来い」 そう言って使者を出すと、ようやく雨が上がって来たので、勝家は馬廻りの者に命じて仮り屋の前に幔幕
を張らせ、馬標 を立てさせて自分もそこへ出て行った。 雨が降ったり、夜になったりしては身動きも出来ない山また山の要害だけに、晴れたらひとわたりあちこちの陣を見廻ろうと思ったのだ。 ところが、幔幕の中の床几
にかけて、だんだん青い空を広げてゆく雲のたたずまいを見ているうちに、 「行市山の陣屋から、佐久間盛政さまご兄弟が見えられました」 と、近侍
が告げて来た。 「なに、兄弟でやって来たのか」 「はい。それにもう一人、山路
将監 どのを召し連れておられまする」 「ふーん。よし、将監や安政
は後でよい。盛政だけ入れと言え」 「かしこまりました」 勝家は近侍が出て行くと、何ということなくニヤリと頬が崩れていった。 会って聞かないうちに、玄蕃
盛政が何のためにやって来たのかがよく分るからであった。 (あやつも、この雨で退屈して、どこかの砦を攻めさせろとおうのに決まっているわ) 「伯父
上、入ってもよろしゅうござりまするか」 「おう入れ。山路将監が味方に寝返ったのであろう」 「仰せのとおり」 彼は草
摺 りを鳴らして入って来ると、 「雨はあがった!
好機がやってきましたぞ」 昂然
と胸を張って、ポンと一つ頑丈な胸を鉄扇
でたたいて見せた。 「あせるな盛政。こんどの戦は根
くらべじゃ」 「ハハハ・・・・、鬼柴田と異名
を取ったお方にしては慎重すぎる。が。こんどは動かずにはいられませぬ」 「山路将監が手土産だな」 「いかにも秀吉めは、うまうまと信孝さまの誘いに乗って長浜城を出て行きました」 「なに、筑前が長浜を出て行ったと・・・・?」 「はい!
岐阜勢は申し合わせのとおり、清水の稲葉一鉄、大垣の氏家直通めらが領地へ出て来て火を放って廻った。これを見ると秀吉めカンカンに怒って、自慢の荒小姓どもをはじめ、二万の兵を引
具 し、十六日に長浜城を出て行ったとござりまする。撃って出るならば、今が好機、ご決断なさりませ」 「ならぬ!」 「え!?
ならぬとは・・・・」 意外な答えに盛政はムッとして床几へかけた。 |