権六郎勝久は、三たび眼を閉じて姿勢を正した。 彼の胸もまた錐を突き立てられたように切
なく痛んだ。 追いつめられて、鞭
打たれて、進退きわまった女の答えは、やはり 「死──」 であったのだ。 女性に男のような意地のあろうはずはなく、これはどこまでも絶望の死なのである。 「母上、そのご思案、父には一両日、打ち明けずにおきましょう」 「いいえ、その労
りはご無用に・・・・わらわの心は決まりました」 「父に打ち明けても、後悔はなされませぬか」 「若殿!」 ようやくお市の方は、まともに権六郎の顔をとらえた。権六郎はいぜん眼を閉じている。 「父上に、よくわらわの覚悟、取り次いで下されませ。わらわは柴田修理が妻、姫たちは浅井長政の遺児であったと悟りました」 権六郎はうなずきながら、 (それが悟りであるものか・・・・) 心できびしく首を振っていた。 (これは、この上なく哀れな諦
めの言葉ではないか・・・・) 「わらわは・・・・」 お市の方は、自分の決心の崩れゆくのを怖れる口調で、 「もはや悲運と縁の切れぬ女子。したが、姫たちは、どのような星を持って生まれいやるか分りませぬ。それゆえ・・・・それゆえ姫たちは・・・・」 「お案じなされまするな。姫たちのことならば、誓って生命は完
うさせまする」 「それで、殿はわらわの覚悟、お許しなされるであろうか」 「それは・・・・」 こんどは、権六郎がぐっと言葉に詰まっていった。 おそらく父は、素直に許すとは言うまい。 士道にこだわり、義理を想うて、離別を主張しつづけよう。 しかし、それはどこまでも表のことであった。 心の奥では、泣くであろう。よい妻が、わが最期
を飾ってくれたと泣くであろう・・・・ 「母上!」 震える声をぐっと押えて、 「母上のご決意、この勝久によく分ってござりまする。頑
なな父なれど、・・・・私からよく説き伏せまする」 「何分ともに・・・・」 「心得ました。では・・・・」 丁寧
に一礼して、立ちかけて、 「風邪
を召されてはなりませぬ。誰ぞある、火をついであげるよう」 手を鳴らして侍女を呼んで、権六郎は、袴
のひだを正して廊下へ出た。 廊下を出ると、今までこらえていた涙がいちどに頬へ筋をひいた。 人情、義理、武士道、意地。 そうしたものが、きびしく五体を縛
っている人生が、何か滑稽
であり、おかしくもあるくせに、それがゆえに尊く、それがゆえに哀しい生き甲斐もまたありそうな気さえする。 「よし、これで決まった! 筑前、いずくからでも攻めて来るがよい」 権六郎は口の中でつぶやいて、それから静に歩き出した。
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