信長の声に答えて、長谷川宗仁が、 「ははッ」
と答えたとき、また、奥殿の入り口でワーッと鬨
の声があがった。 「宗仁、そちは武人ではない。女どもを引き連れて早く落ちよ。ハゲは女子供は斬らぬ奴だ」 それを聞いて、濃御前はギクリとした。すでに悪童に還った信長、何もかも忘れて眼先の敵に対していると思った信長が、実は的確に光秀の性格まで計算しているのであった。 いや、これは計算ではなくて、信長という一匹の巨獣が身につけている、とぎすまされた戦のカンに違いない。 次の間に、体を寄せ合ってすくんでいた十四、五人の女たちは、この声でころがるように縁先へなだれ出た。 「お濃の方さま・・・・」 と宗仁が言ったが、濃御前は見向きもせずに手を振ってまた、信長に矢を渡した。 「ではご免下さりませ」 宗仁につづいて女たちは、きざはしを悲鳴とともに中庭にころがり降りた。 「あ・・・・」 と信長が叫んだ。 「弓づるが切れた!
槍をもてッ」 もう信長の近くには一人の小姓も残っていなかった。押し寄せては押し返すたびに、誰かが駆け出していって、そのまま戻って来なかったからだ。 「はいッ」
と答えて濃御前は、奥へ飛び入り、鎌十字の槍を取ってきて信長に渡した。 信長はりゅうりゅうと槍をしごいて、またちらりと御前を見た。 辻の花の衣
を着けた御前は、??
の玉襷
をかけ、小姓と同じ汗どめの鉢巻をして、自分では白柄の大薙刀を小脇にかいこんでいた。 「濃!
うぬも落ちよ」 「落ちませぬ」 「なに、この信長を辱
かしめようとか、信長は最期に女子の力は借りぬぞ」 「濃は女子ではござりませぬ。それより、おみずからの戦は、もはやおやめなされませ」 「たわけめ!」 きびしい声で叱りつけたが、しかしそのときの信長の眼は笑っていた。 「うぬの指図を受ける信長か」 そこへまたバラバラッと四つの人影が小腰をかがめて駆けて来た。 信長はこのあてり、と、ようやく敵も感づいた様子だった。 「うぬッ!」 敵の姿を見るとあとへ退
ける信長ではない。 パッと蔀のうちから踊り出て、まっ先の一人を物をも言わずに串刺しに刺して振った。 「ギャッ!」
という悲鳴とともに、 「おお、右大将はこれにあったぞ! 方々これに右大将が・・・・」 大声で喚
く第二の影に信長の手練の槍はまた伸びた。と、その影の倒れる向うから、全身に返り血を浴びた若者が朕で来て、 「おんみずからの働き、恐れ多し。いざ、ご生害
を」 叫びざま、残った二人を、見る間に穂先で遠ざけていった。 すでに、あちこちへ手傷を負っている蘭丸であった。
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