家康に見つかったと知って小平太はその場にひれ伏して叫ぶように声を高めた。 「殿!
お願いでござりまする。平八郎の後詰めを仰せつけくだされ!敵に取り囲まれて危ないとの知らせにござりまする」 「ならぬ!」 とまた家康は身を震わした。 「作左ッ」 「はッ」 「平八めは、誰に命じられて城へ仕掛けていったのだ。知らぬとは言わせぬ。なぜその方がついていて、抜け駆けを許したのだ」 「恐れながらこの作左、一向に存じませぬ」 「うぬ、知らぬで通す気だな。小平太もよく聞け。この家康が、待てと言うには言うだけの訳があるのだ」 「殿!」
とまた小平太は叫んだ。 「危急の場合でござりまする。お叱りは重々ごもっともながら、平八郎忠勝・・・・」 「討ち死にするというのであろうが」 「ここで討ち死にさせましては、殿のお旗本が弱まりまする。平八郎が鹿の角の兜は、伊賀八幡のご神示で、近隣に鳴り響いた三河の名物、三河の飛将・・・・殿・・・・お叱りはあちで受けまする。なにとぞ・・・・」 「ならぬと申したらならぬのだ!
血迷うとその方も斬って捨てるぞ」 「平八郎を、このまま討ち死にさせてもよいと仰せられまするか。いともの殿とも覚えませぬ」 小平太がそういうと、家康は佩刀
の柄にてをかけてずかずかっと小平太の近寄ると、いきなりその襟首に手をかけた。 小平太は 「あ!」 と本能的に身をすさらせてyなだれる。 しばらく家康の腕も唇もブルブル震えていた。 あたりは薄暗くなって、だんだん霰がしげくなる。 「うぬらは、いつからそのように軍律を軽んじだしたのだ。予の言葉をなぜ胸で、肚
で、受け取らぬのだ」 家康はそういうと、はじめて激怒の口調から、平素の声に変わっていった。 「抜け駆け、一騎打ちは、もはや遠い昔の兵法、とあれほど説いて聞かせているのがわからぬのか。弓、薙刀の時代は過ぎて鉄砲の世になった。一糸乱れぬ隊の構えが勝敗を決すると、あれほど聞かせた言葉がわからぬのか。予の命に服せぬとあれば、平八郎はおろか、子平太とて彦右衛とて容赦はせぬ。予の家来はその方たち一人ではないと知れ」 「・・・・・」 「平八めが、たとえ無事に斬りぬけて戻ったとて軍法を破った罪は断じて許せぬ。予に斬られても死、斬り死にしても死。平八めは城見などと小賢しい言葉を構えて、みずからその道を選んだのだ。わかったか」 しかし誰も
「はッ」 とは言わなかった。ひれ伏した小平太が唇を咬んではげしく肩をふるわしている。 「作左」 「はッ」 「よく若い者を見張っておれ。ふたたび予の命にそむく者があったら、遠慮はいらぬ、斬って捨てえ」 そう言い捨てると、家康はそのまま幕の外へ消えていった。 しばらくは誰も言葉を発する者もない。 「これ、火が消えるぞ。薪をくべや」 と、作左衛門が言った。そして小者が加えた松薪が勢いよく燃え出すと、 「言わないことではない。きっと怒ると言ったのだ」 作左は節くれ立った両手をかざしてポツンと言った。
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