世俗の言葉に、 「馬が合う」 というのがある。信長と元康とは全然正反対の気性でありながら、互いに相手を認める以上の親近感をおぼえあった。 いや、反対といえば気性だけではなく、外見もまたいちじるしく違っていた。信長はすっきりとした長身なのに、元康は体全体が丸い感じであった。 信長は眉がせまり、まなじりがきりりと上がっているのに、元康は眉と眉との間がひろく、眉尻は下をさしていた。 信長の鼻梁
はきりりと高く通っていたが、元康のそれはいかにも重厚で肉太
だった。 その二人がくつわを並べて清洲の城門を出るときには、もう両家の近侍たちはいがみ合ってはいなかった。 信長には岩室
重休 と長谷川橋介。 元康には鳥居元忠と本多平八郎。 どちらも二人ずつの近侍を従え、何の不安もない明るい表情で熱田へ向った。 「二人だけになりたかったのだ」 わざと供を遅らせて信長がニコリとすると元康も微笑してうなずいた。 「三河と尾張の国境よのう」 「はっきりと決めておかねばなりますまい」 「おれの方からは、滝川一益と林佐渡をつかわそう。おぬしの方は」 「石川数正と、高力
清長 を」 「場所はどこがよかろうの」 「鳴海の城では」 「よかろう。決まった!
堅い話はこれでよいのだ」 わずか数秒、彼らの交渉すべきことは終わりであった。 すでに那古野の城やぐらが、冬の空の藍
の中にくっきりと浮き上がり、陽をうけた天王寺のいらかがキラキラと光っていた。 「これは一度うかがいおこうと存じたことだが」 「なんじゃ。遠慮はいらぬぞ」 「尾張どのは、田楽ヶ窪の合戦の後、どのような順序で家臣を賞されました」 「フフフ」
と信長は笑った。 「ずるい男よのうおぬしは。それを訊くのは、信長の手の内を知ることじゃ。が、かくすまい。おれは第一に梁田
政綱 を褒めてやった」 「何ゆえ?」 「あやつの斥候
が時期をはずしていては、勝利はなかった」 「第二には」 「真っ先に槍をつけた服部小平太」 「首級をあげた毛利新助は?」 「第三」 「フーム」 二人の問答はそこで途切れた。これだけで十分元康には信長の部下の使い方が腑に落ちた。首級をあげるのは時の運、第一に槍をつけた勇こそその上におくべきもの。 やがて二人は熱田へ着いた。 見覚えのある門前に、めっきり白髪のました加藤
図書助 の姿を見出した時、元康の眼のふちは真っ赤になった。と、その図書と並んで一人の女性がかつぎをかしげて立っている。 それが熱田参拝の名で呼び寄せられていた元康の生母、於大の方と知った時、元康はすでにわが身はしっかりと信長に抱え込まれているのを感じた。 (よし、これをわが起つ礎にしなければ!) 元康はゆっくりと馬からおりて二人の方へ歩いていった。
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