「ふむ。美味
い。よかろう」 お膳は脚打ちにあさぎの椀がのせられ、汁は鳥の入った味噌あじ、膾
は大根の千切り、皿の向こうにこ鯛の丸焼きと香の物がついていた。 いつもはこの一汁三菜だけであったが、今日は二の膳に生鮑
と、さやささげの胡桃
あえを添えて焼き鮎の霜ふりがついている。 津島郷の庄屋たちが鮎を献じて来たので特別の膳立てだった。 藤吉郎はまずその鮎から先に無造作に口に入れた。 二の膳がつくときには酒が添えられる。大抵は三合だったが、信長の酒量に限度はなかった。興が増すと自分でも度を越したし、誰にも無理強いすることがある。 むしゃむしゃと鮎を食ってゆく藤吉郎を見て、焼き方の小久井
宗久 というのが、ごくりと生つばを飲み込んだ。 「いかがでござりましょう霜のふり方は」 「わるくはないと申している」 「悪くないと仰せられたのは、召し上がる前でござりました」 「またしてもその方が・・・・」
と、藤吉郎はもう一尾を口の中へ抛
りこんだ。二尾づけになっていた。 「総じて魚類と申すは生き
のいかんを見分けるのだ。口に入れねば味のわからぬような人間では台所奉行はつとまらぬ」 宗久はいまいましそうに舌打ちして脇を向いた。 膳棚、椀棚のほかにずらりと米櫃
が並んでいて、その向こうに日々所要の米俵が二十俵あまり積まれてある。 「この生鮑はあまりうまいものではない、が味噌汁は、いつすすってもうまいものじゃ。これ、飯を持て」 大椀に山盛りにして来た飯を藤吉郎はまるで溶かすような早さで腹へ詰め込んだ。そして二杯目を出した時に飯櫃をかかえていたおつねの表情が、いつもと少し違うわいと思った時に、いきなりうしろから頭上へ雷が落ちて来た。 「小猿め!」 八丁四方へとどろくといわれた信長の怒号であった。と、その声に負けぬほど大きな声が、 「はいッ!」
と応じた。 「これは、いん大将でござりましたか」 信長はいまいましげに藤吉郎の膳の上の食いさしと唇のわきについている飯粒を睨みまわした。 「はいッ!」
ちいう返事といっしょにぴょんと坐り直した藤吉郎の顔には、ぜんぜん悪びれた様子はない。 「わざわざかかる所までお運び下されましたご用の趣
は」 「来いッ。居間へ来いッ」 「はいッ。ただちに参上いたしまする。これ、試食の膳を片づけよ」 藤吉郎は落ち着く払って、信長の後ろからついて行った。 居間に入ると、突然信長は笑い出した。藤吉郎はギクッとした。信長の怒っている時は怖くはない。が、笑い出されるとハラハラする。 「猿!」 「はい」 「その方何で呼ばれたと思うか、申してみよ」 「それが、たら腹食べ物が胃袋へありますためか、ろんと頭が働きませんので」 「そうか、では聞かしてやる。その方に褒美
を取らそうと思うてじゃ。三度三度の毒味大儀であった」 信長は怒りを押えて皮肉った。 |