「竹千代」 「なんじゃ」 「その石の下にみみずはおらぬか」 「おってもよいわ」 「というがな、みみずにいばりをかけると、ちんちんがまがると申すぞ」 「まがらぬ」 「というと、おぬしは何度もかけてみたな」 竹千代はこくんとうなずいてゆっくりと腰をふった。於大はそうしたわが子のしぐさを眼も放たずに見守っている。 信長はちらりと於大のわきの平手政秀へ視線をやった。平手政秀は夕空を眺めながらふらりと立つ。そろそろ帰ろうという合図らしかった 「竹千代、おぬし寂しくないか」 竹千代はまた答えない。 「おぬし、気に食わぬことは答えぬことにしているらしいの」 「そうじゃ。決まったことはたずねないがよい」 「やれやれ竹千代にしかられた。では、今日はこれで帰ろうか。そうそうもう一つ、おぬし、母上を覚えておるかな」 「覚えておらぬ」 「会いとうないか」 「返事はせぬ」 「ハッハッハッハ・・・・それが返事と申すものだ。なあ竹千代、おぬし、この信長が、おぬしの斬られないように計ろうてやっても好きにはならぬか」 思いがけない信長の問いを聞いて、竹千代よりも於大の方がびっくりした。いや於大ばかりでなくて、平手政秀も、前田犬千代も、びっくりしたように竹千代へ視線を移した。 信長に、竹千代の生命
ごいをする意思のあるのが分ると同時に、この問いに岡崎の小倅が何と答えるかは十分に興味のある問題だった。 竹千代は信長の顔を仰いでニッコリした。そしていくぶんふざけた心安さを上眼ににじませ、ゆっくろと言ってのけた。 「好きになって、やっても、よいわ」 「そうか、ではまた会おう」 「また・・・・」 信長は、ひらりとつりがねの窓の窓がまちから庭先まで飛び降りた。そして、今までの対話の時とはおよそ違った気むずかしい表情で、愛馬のそばまでさっさと歩いて行き、そこでくるりと後ろから来る於大を振り返って、あびせるように言った。 「小倅めが、わしを好いてくれるそうな。弓矢を取って会う日は別じゃ。が、腹の中でな、この信長を憎ませるな。憎みおったら八つ裂きにしてくれるわ。犬千代、つづけ!」 それなりパッと馬にまたがり、既に日の落ちた門外へ、また稲妻のように去って行った。 於大はしばらく呆然として立っていた。母の希
いは聞き届けられたのだ。竹千代の生命
ごいを信長は引き受けてくれたのだ・・・ 「いざ参ろう」 と、平手政秀が静にうながした。 「よい勝負でござった。わが殿もあっぱれ、竹千代どのも器は大きい。刈谷御前、よい子を一人拾いましたのう」 「は・・・はい」 於大はまだ信じられないもののように、あわててあたりを見まわすのだった。 |