切っ先は首を貫き、バサッとあたりへ音を立てて血が走ったと同時に、大きく眼をむいたまま与三左衛門の体はごろりと左へ寝た。 五郎は驚いて飛びすさった。宣光もあまりのことに声もない。と、波太郎はつかつかと進み出て与三左衛門を抱え起こし、 「なるほど、これがお主の意地か。分った、分ったぞ」 与三左衛門はすでにこときれていたが、刀を持った手の細胞はまだ生きていて痙攣
を続けている。その手から波太郎はうやうやしく刀を取り、 「まず輿を・・・・」 と、うながした。 中の童たちに、この惨烈な与三左衛門の最期の姿を見せたくなかったに違いない。 再び輿はあがった。もはや大勢は決している。だれも彼らの行動を阻止する者はない。石畳を三段にした船着き場へは三艘の船がひっそりと雨の中にもやっていた。その一艘に、輿はそのまま担ぎ込まれた。 それを見すまして、波太郎は再び与三左衛門のそばに帰り、まだ茫然と立っている宣光兄弟に、
「いかがめさるかな?」 と、死骸を指さした。 「お身たちに思案がなくば、この波太郎が申し受くる。それでよいかな?」 宣光は五郎と顔を見合して、それから静に、うなずいた。 「よろしゅう頼み入る」 「では・・・・」
と、波太郎はかたわらをかえりみた。 「これをこのまま船へ乗せよ。わしの船に、鄭重
にな」 「はッ」 と答えて、戸田家の家臣たちが死骸を運んでゆくと、 「海中へ捨てられるのか?」 と、五郎であった。 波太郎はムッとしたように五郎をにらんだ。 「与三左衛門とやらの心は、竹千代どののおそばを離れぬ。お身にはそれがお分かりないか」 「さあ・・・・?」 「武士には武士の情があろう。この死骸に竹千代どのの落ち着く先を見せてやるのだ」 そういうと、波太郎は軽い舌打ちを残してさっさと死骸のあとを追った。 この死骸は後に竹千代の仮寓の前に取り捨てられ、金田与三左衛門は竹千代を取り返そうと熱田へ潜入し、立派に斬り死にしたと岡崎へ奉公されたのだが・・・・ 波太郎が死骸を積んだ船へ乗ると五郎もあたふたと竹千代の輿を積んだ船に乗り込んだ。 宣光はそれを船着き場まで見送った。 「輿に入られては?」 と、残った家臣がすすめたが、彼は軽く手を振るだけで濡れるに任せて立っていた。 やがて竹千代と五郎の乗った船がまっ先に岸を離れた。つづいて警護の士の船、最後に波太郎の船が。 宣光はその船がすべて細雨の海に消えてゆくまでじっと立って見送った。 「竹千代・・・・お真喜・・・・広忠・・・・五郎・・・・」 船が見えなくなると宣光は、ぽつりぽつりと瞼に浮かぶ人の名をつぶやいた。どれもこれも、どうなってゆくのかわからなかった。哀れな旅路の人ばかり・・・・自分も父も・・・・いや、今川義元も織田信秀も・・・・
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