ともあれ、教経は、義経をここに見出した。 一念、彼はその大童
な姿を、命の火花そのものに見せて、義経の小舟へ、自己の舳先
を当ててゆくやいな、 「卑怯っ。 ──判官っ、卑怯ぞ」 と、絶叫していた。 たしかに、義経らしき小兵
な大将が、鵯 の如く、ひらと、ほかの舟へ逃げたのを見たからだった。 おりから源氏の小艇も無数に寄っていた。 義経は、その幾艘かを跳んで、教経の切っ先を避けた。 「待てっ。あからさま、こう名のられながら」「m逃げ給う法やある。判官汚
し、返せ、返せ、末代笑いぐさぞ」 髪振り乱して、相手を辱
じしめながら、教経も一、二艘は跳んだが、ついに義経を見失った。そして、身は東国勢の重囲の内にあるのを知って、 「むっ、無念」 と、引っつかんでいた一人の武者を、どうと、潮のうちへ蹴
放 した。 安芸
大領 実康
の子、太郎実光とその弟の次郎とが、同時に、彼の両脇から組みついた。 いまは大薙刀
も失っていた教経は、右手で安芸太郎の首の根をつかみ、片手に次郎の帯際
を抱き込んで、 「死での道づれは、判官とこそ期
したれ、なんじらの供 は、不足なれど、いで連れ行かん。やあやあ、敵も聞け、味方も見よ。故太政入道殿の甥
、能登守教経、生年二十六、いま世を辞す。さらばぞ」 言い終わるまで、二人の体を引っつるしたまま、金剛力
で踏みこらえていた。そして、だだだと、二歩三歩、揉み歩いたかと思うと、船べりを蹴って、それなり海中へ、どうっと躍りこんでしまった。 滝のような飛沫
が立ち、それは一瞬の水泡と化
し去った。それなり教経も安芸兄弟も、浮いては来ない。 ── ちょうどまた、潮時刻も、西流の急を最盛にしてい、夕せまる海峡の内は、人の作る阿鼻
叫喚 のあらしのほか、べつに海水の異様な底鳴りをも抱えて、世の春もよそに、業
の大悲譜を奏でていた。 |