「── 敵」 と、実盛は、無意識に突っ立ち、そしてまた、松の根に腰をすえた。 追撃隊の一陣が、つむじを作して、近づいて来るらしかった。 砂丘の上をこえ、下をこえ、誇り気な甲冑
の歩騎の影が、わらわらと、先を争って通ってゆく。 実盛のいる一丘
の上にも、やがて、躍り上がって来た木曾の一群がある。 「やっ、敵よな。そこなる影は」 一人は実盛の影を見つけ、ぐるりと、馬をまわして、乗
しかけて来た。 実盛は、わざと、敵の鞍
わきへ、ぴったりと飛びついて、振り下ろしてくる相手の長柄を、つかみ取った。 その勢いで馬上の者は、もんどり打って、鞍から落ちた。しかし、柔軟な体躯
の持ち主は、苦もなく跳 ね起きて、実盛へ組みついてくる。実盛は胸元に、敵の兜
のしころをつかみ寄せて、ちっとも、動かせなかった。 「むっ。う、うぬっ」 「やわか」 た、た、た、と踏み越えながら、実盛は言った。 「名のれ。木曾殿の内の、なんと申す者ぞ」 「越中の住人、入善
小太郎行重」 「うら若さよ、年は」 「生年十八歳」 「あな無残。白面の若者の如きは、それがしの待つ相手ではない。とく去れや」 突き倒して、砂丘の窪
へ馳け降りた。 「やあ、逃げるの、卑怯
者 、人に名乗らせて、名のりもせず、うしろを見する法やある」 背後から行重は、なお、追って来るらしい声のほかに、実盛の走った前には、もっと巨大な相手が現れていた。黒革
の鎧 にくるまれたその大武者は、 「ござんなれ、よい敵」 と、駒をとどめて、かっと、実盛を見、 「あな、やさしき武者かな、ただ一人、返し合わせて戦い給うか。平家が内にても、さだめし、名あるお人にて候わん、名のられよ、名のりたまえ」 と、言った。 実盛は、眸を射返して、 「さいう和
殿 は、たれぞ」 「信濃の住人、手塚
太郎 光盛
なり」 「うむ」 と、実盛は、体じゅうでうなずいた。 「さては望むところの敵に会
うたり。いで組もう、馬を下りよ、手塚」 「おうっ、望みにまかすが、名のり合わぬことやある」 「いやいや、存ずる旨あって、名は名のるまいぞ・・・・いざ寄れ、組もうぞ。組んで、見事、討ってみよ」 いいも終わらぬまに、うしろへ馳せ寄って来たさきの入善行重が、刀を振りかぶって斬りつけた。 太刀の閃光
は、よろい金具に、撥 ねすべって火を発した。行重は、わが勢いで身を浮かせ、実盛の前に、危うい姿をさらしかけた。 とたん、手塚太郎は、馬を捨てて、実盛の正面から、でんと、組みついて行った。そして、もろ倒れになって、砂を蹴上げたと思うと、もうその手には、実盛の首を掻
っ切って持っていた。 |