「畠山、この仔細
を御諚にて候」 と申しければ、畠山、
「君の御内にきりせめたる工藤左衛門鼓
打
ちて、八箇国
の侍
の所司
、梶原銅拍子
合はせて、重忠
が吹きたらんずるは、俗姓
正しき楽党
にてぞあらんずらん」 とて、仰せに従ひ参らすべき由
を申し給ひつつ、三人の楽党は、所々
より思ひ思ひに出で立ちたり。
左衛門尉は、紺葛
の袴
に、木賊色
の水干
に、立烏帽子
、紫檀
の胴
に、羊
の皮
にて張りたる鼓
の、六
の緒
の調
べを掻
合
はせて、左
の脇
にかい挟
みて、袴
の稜
高らかに差挟
み、上
の松山、廻廊の天上
に響く程
に、手色
打鳴
らして、残りの楽党をぞ待
懸
けたる。 |
「畠山、こういう訳でご命令でござる」 と云って伝えたところ、畠山は、
「わが殿のご家中で権勢を振るっている工藤左衛門が鼓えお打って、関東八カ国の侍所の次官の梶原が銅拍子を合わせ、この重忠が笛を吹いたならば、素性の正しい楽人仲間という事になるでござろう」
と言って仰せに従い申し上げる旨をおっしゃりながら、三人の楽人仲間は別々の場所から思い思いに装束を整えて立ち現れた。
左衛門尉は、紺の葛袴、木賊色の水干に立烏帽子を被り、紫檀の胴に羊の皮を張った鼓の、六つの調べの緒をかき合わせて左の脇に抱え、袴の股立を高くとって挟み込み、八幡宮の上の松や廻廊の天上に鳴り響く程に鼓を音色よく打ち鳴らして、他の楽人仲間を待ち受けていた。
|
|
梶原平三は、紺葛
の袴
に、山鳩色
の水干
に、立烏帽子
、南鐐
を以
って作りて、黄金
の菊型
打ちたる銅拍子
に、啄木
の緒
を入れて、祐経が右
の座敷に居直
りて、鼓の手色
に従ひて、鈴虫
などの鳴くやうに合はせ澄
まして、畠山をぞ待懸
けたる。 |
梶原平三は紺の葛袴、山鳩色の水干に立烏帽子を被り、南鐐で作って黄金の菊型を打った銅拍子に啄木組の緒をつけて、祐経の右の座席に正座し、鼓の音色につれて、鈴虫が鳴くように銅拍子をうまく合わせながら畠山を待ち受けた。 |
|
畠山
は、幕
の綻
びより座敷の体
を差覗
いて、打ち見て、別
して色々しくも出で立たず、白き大口
に、白き直垂
に、紫革
の紐
付けて、折烏帽子
の片々
をさつと引立
てて、松風
と名付けたる漢竹
の横笛
を、息
の下
に調子
を探
れば、黄鐘
の乙
の調子にありける。暫
く音
取
り澄
まして、袴
の稜
取りて、高らかに引
上
げて、幕
さつと打
上
げ、つと出でたれば、大の男
の重
らかに歩
みなして、舞台
につと上り、祐経が左
の方
にぞ居直りける。 名を得たる美男
なりければ、あはれ人やとぞ見えける。その歳
二十三にぞなりける。鎌倉殿これを御覧じて、御簾
の内より、「あはれ楽党
や」 とぞ褒
めさせ給ひける。時にとりてはゆゆしくぞ見えける。 |
畠山は幕のほつれた隙間から座敷の様子を覗き見てから、格別豪華にも装わず、白い大口と白い直垂に紫革の紐をつけて着、折烏帽子の折った端々を鋭く角立てて、松風と名づけた漢竹の横笛を、軽く息を吹きつけて調子を探ると黄鐘の乙の調子であった。暫く調子を吹き整えてから、袴の股立をとってそれを高々と引き上げ、幕をさっと掲げてつと出ると、大男らしく重々しく歩を運んで舞台につと上がり、祐経の左の方に正座した。評判の美男だけあって、ああ立派なお人よと見えた。この時その年二十三歳であった。鎌倉殿はこれをご覧になって、御簾の内から
「ああ見事な楽人仲間よ」 とお褒めになった。その時にふさわしく奥床しく見えた。 |
|
『義 経 記』 校注・訳者:梶原 正昭 発行所:小学館 ヨ
リ |