〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

2009/07/20 (月) しずか 若 宮 八 幡 宮 へ 参 詣 の 事 (十一)

さて鎌倉殿かまくらどの参詣さんけい あり。東の廻廊かいろうなか に、鎌倉殿御御簾みす けられけり。北に並びては二位殿にいどのまく 引く。南に並びて御乳母めのと 三条殿さんじょうどの の幕を引く。そのほか 大納言だいなごん中納言ちゅうなごんそつ典侍すけ 、れんぜい殿どの 鳥羽殿とばどの の御つぼね とて、思ひ思ひの幕を引く。西の廻廊のなか に、畠山はらけやま が幕を引く。北はうちゑくのや、小山こやま宇都宮うつのみや が幕を引く。南に並びては、和田小太郎わだのこたろう佐原十郎さはらのじゅうろうの幕を引く。
南の廻廊、一条いちじょう武田たけだ小笠原おがさわら逸見へんみ板垣いたがき が幕を引く。それに並びて、君を守護し奉る、たん 、横山、猪股いのまた 、しん、村山が幕を引く。ことに御まえ 近く、梶原かじわら 父子ふし が一もん の幕をぞ引きたりける。 く参る者、廻廊の石橋、御拝殿はいでん雨打あめうち 、大庭に肩をなら べ、御座置きしろひたり。それに劣るは、廻廊のそと 、橋のうち をきしり、いと う歌の声聞こえず、舞の姿見えねども、うえ の山に到るまで 、めな白妙しろたえ にぞこぞりける。谷々やつやつ 小路こうじ 々々しずか が舞ふなるとて、若宮には門前いち をなす。

静さて、鎌倉殿はご参詣になる。そして、若宮の東の廻廊の中の間に、御簾を掛けてご着座になる。その北に並んで、二位殿の幕を張る。また南に並んで乳母の三条殿の幕を張る。その他大納言・中納言・帥の典侍・冷泉殿・鳥羽殿の御局といって、銘々思い思いに幕を張り巡らす。西の廻廊の中の間には、畠山が幕を張る。その北側には、うちゑくのや・小山・宇都宮らが幕を張る。また南側に並べて、和田小太郎・佐原十郎の幕を張る。
南の廻廊は一条・武田・小笠原・逸見・板垣が幕を張る。それに並んで、主君頼朝を守護申し上げる役の丹・横山。与・猪股・しん・村山らが幕を張る。特に御前の近くには、梶原父子の一門の幕を張り巡らした。早く来た者は、廻廊の石橋、ご拝殿の雨だれ受けの石や、広庭に肩を並べ、ござを敷いてひしめきあっていた。それより身分の低い者は、廻廊の外や橋の内側をきしませ、はっきりとは歌う声も聞こえないし、舞う姿も見えなかったが、上の山にかけてまっ白に埋めつくしていた。鎌倉の小路々々すべてが、静が舞うという事で、若宮に殺到し門前さながら市をなすほどであった。

『義 経 記』 校注・訳者:梶原 正昭 発行所:小学館 ヨ リ