〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

2009/07/18 (土) しずか 若 宮 八 幡 宮 へ 参 詣 の 事 (十)

しずか これを聞きて、 にもとや思ひけむ。磯禅師いそのぜんじ を呼びて、 「如何いかが あるべき」 と言ひければ、禅師も、あはれさもあらまほしく思ひければ、
「これは八幡はちまん の御託宣たくせん にてこそ候へ。これほど 深く思召おぼしめ しけるうれ しさよ。 く参らせ給へ」 とぞ申しける。
「さらばひるかな ふまじ、とらとき に参りて、たつ の時にかたごと く舞ひて帰らばや」 とぞ申しける。

静はこれを聞いて、もっともな事と思ったのであろう。磯禅師を呼んで、 「どうしたらよいでしょうか」 と尋ねたので、禅師もやはり願わくばそうしたいと思っていたので、
「これは八幡様の御託宣でございますよ。これ程深く私たちのことを思って下さるとは嬉しい事よ。さあすぐお参りなさいませ」 といった。
静は、 「それでは、昼は無理でしょうから、寅の時にお参りして、辰の時に定式通りに舞を奉納して帰りましょう」 と、こういった。

祐経すけつね が女房は、祐経すけつね にはや聞かせたくて、かくと言はせければ、祐経すけつね 壁を隔てて聞く事なれば、使ひの来ぬ に、むま打乗うちの り、鎌倉殿かまくらどの へ参りて、つと御さぶらひ に入れば、君を初め参らせて、侍共さぶらひども 、 「如何いか にや如何いか にや」 と問ひ給へば、 「とらとき の参詣、たつとき の御腕差かいなざし 」 と高らかに申したれば、上下一同いちどう に、 「さればこそ、さればこそ」 とぞよろこ び合ひける。
祐経の妻は、祐経に早く聞かせたくて、これこれと使いをやって言わせたが、祐経は壁を隔てて聞いていたことなので、使いがまだ来ないうちに馬にうちまたがり、鎌倉殿のもとへ駆けつけ、すっと遠侍 (トオザムライ) に入った。するとご主君をはじめとして、侍たちが、 「どうであったか、どうであったか」 とお尋ねになるので、 「寅の時に参詣、辰の時にお腕差 (カイナザシ) し」 と声高に申し上げたところ、上下の人々がいっせいに 「やはり予期していた通りだ、予期していた通りだ」 と悦び合った。
「なんぞ同じくは日中に参りて、数多あまた の人にも見せずして、また夜ふか く参るべかるらんこそ心得ね」 と仰せられければ、
「それこそことわり にて候へ。内侍所ないしどころ へ参られ候ふうえ判官殿ほうがんどの さる御こと にて、ろく 重き人にておはしまし候へば」 とぞ人々申されける。
「定めて華飾かしょく の者なれば、頼朝よりとも 参詣と聞きてはよも舞はじ。頼朝は今宵こよい より参りてこも らばや」
とぞ仰せありける。侍共さぶらひども 一同に 「しか るべく候ひなん」 と申して、ひしめき合へり。
「どうして、同じ事なら日中に参詣して大勢の人に見せればよいのに。それもしないで、なぜ夜遅く参詣するのか理解出来ぬ」 と鎌倉殿がおっしゃると、
「それは当然でございますよ。静御前は内侍所へ参上された身でおありの上、判官殿があのように大事にされたという事で、ご身分の高いお方でいらっしゃるのですから」 と人々は言った。
「尊大な女だから、きっと頼朝が参詣していると聞いたら絶対に舞うまい。頼朝は今夜のうちから参って、参籠致そう」 とおっしゃった。侍たちも口を揃えて、 「それがようございましょう」 といって、ざわめき合った。
『義 経 記』 校注・訳者:梶原 正昭 発行所:小学館 ヨ リ