靜
これを聞きて、実
にもとや思ひけむ。磯禅師
を呼びて、 「如何
あるべき」 と言ひければ、禅師も、あはれさもあらまほしく思ひければ、
「これは八幡
の御託宣
にてこそ候へ。これ程
深く思召
しける嬉
しさよ。疾
く疾
く参らせ給へ」 とぞ申しける。
「さらば昼
は叶
ふまじ、寅
の時
に参りて、辰
の時に形
の如
く舞ひて帰らばや」 とぞ申しける。 |
静はこれを聞いて、もっともな事と思ったのであろう。磯禅師を呼んで、
「どうしたらよいでしょうか」 と尋ねたので、禅師もやはり願わくばそうしたいと思っていたので、
「これは八幡様の御託宣でございますよ。これ程深く私たちのことを思って下さるとは嬉しい事よ。さあすぐお参りなさいませ」
といった。
静は、 「それでは、昼は無理でしょうから、寅の時にお参りして、辰の時に定式通りに舞を奉納して帰りましょう」
と、こういった。
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祐経
が女房は、祐経
にはや聞かせたくて、かくと言はせければ、祐経
壁を隔てて聞く事なれば、使ひの来ぬ間
に、馬
に打乗
り、鎌倉殿
へ参りて、つと御侍
に入れば、君を初め参らせて、侍共
、 「如何
にや如何
にや」 と問ひ給へば、 「寅
の時
の参詣、辰
の時
の御腕差
」 と高らかに申したれば、上下一同
に、 「さればこそ、さればこそ」 とぞ悦
び合ひける。 |
祐経の妻は、祐経に早く聞かせたくて、これこれと使いをやって言わせたが、祐経は壁を隔てて聞いていたことなので、使いがまだ来ないうちに馬にうちまたがり、鎌倉殿のもとへ駆けつけ、すっと遠侍
(トオザムライ) に入った。するとご主君をはじめとして、侍たちが、
「どうであったか、どうであったか」 とお尋ねになるので、 「寅の時に参詣、辰の時にお腕差 (カイナザシ)
し」 と声高に申し上げたところ、上下の人々がいっせいに 「やはり予期していた通りだ、予期していた通りだ」
と悦び合った。 |
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「なんぞ同じくは日中に参りて、数多
の人にも見せずして、また夜深
く参るべかるらんこそ心得ね」 と仰せられければ、
「それこそ理
にて候へ。内侍所
へ参られ候ふ上
、判官殿
さる御事
にて、禄
重き人にておはしまし候へば」 とぞ人々申されける。
「定めて華飾
の者なれば、頼朝
参詣と聞きてはよも舞はじ。頼朝は今宵
より参りて籠
らばや」
とぞ仰せありける。侍共
一同に 「然
るべく候ひなん」 と申して、ひしめき合へり。 |
「どうして、同じ事なら日中に参詣して大勢の人に見せればよいのに。それもしないで、なぜ夜遅く参詣するのか理解出来ぬ」
と鎌倉殿がおっしゃると、
「それは当然でございますよ。静御前は内侍所へ参上された身でおありの上、判官殿があのように大事にされたという事で、ご身分の高いお方でいらっしゃるのですから」
と人々は言った。
「尊大な女だから、きっと頼朝が参詣していると聞いたら絶対に舞うまい。頼朝は今夜のうちから参って、参籠致そう」
とおっしゃった。侍たちも口を揃えて、 「それがようございましょう」 といって、ざわめき合った。
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『義 経 記』 校注・訳者:梶原 正昭 発行所:小学館 ヨ
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