〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

2009/07/17 (金) しずか 若 宮 八 幡 宮 へ 参 詣 の 事 (七)

祐経すけつね ず先に行きて、磯禅師いそのぜんじ に申しけるは、
「このほどなん となく打紛うちまぎ れ候ひて、参らず候へば、愚かなりとぞ思召おぼしめ され候ふらん。三島みしま の御精進しょうじん にてわた らせ給ひ候ひつるほど に、これも召具めしぐ せられ、日々の御参詣さんけい にて渡らせ給へば、精進しょうじん なくてはかながた く候ふあいだ掻絶かきた え参り候はねば、返す返す恐入おそれい りて候。祐経が妻女さいじょ も都の者にて候。掘殿ほりどの宿所しゅくしょ まで参りて候。それ禅師ぜんじ 、よきよう に申させ給へ」
と申して、わが身は帰るてい にもてなして、かたわ らに隠れてぞ候ひける。

祐経が先ず先に行って、磯禅師に向かい、
「この頃は何かと忙しさに取り紛れまして、参上致しませんでしたので、不実な者だとお思いでしょう。鎌倉殿が三島神社へご参籠あそばされますので、拙者もお供にお連れいらだき、毎日のご参詣でございますため、身を清めなくてはなりませんでしたので、すっかり無沙汰申し上げました事、重々申し訳なく存じますこの祐経の妻も都の者でございます。只今掘殿のお邸まで来ております。そうそう、禅師様、静殿によしなにおとりなし下さい」
といって、自分は帰るふりをよそおって、近くに身を隠していた。

磯禅師いそのぜんじしずかにこのよし を語れば、
「左衛門尉のつねとぶら ひ給ふだに有難ありがた く思ひ参らするに、女房にょうぼう の御入りまでは思ひも寄らざるつるに、うれ しくも候ふものかな」
とて、わがかた をこしらへてぞ入れける。堀藤次ほりのとうじ が妻女も、諸共もろとも に行きてぞもてなしける。
人をすか さんとする事なれば、酒盛さかもり 始めて幾程いくほど もなかりけるに、祐経が妻女、今様いまよう をぞ歌ひける。堀藤次が妻女も、催馬楽さいばら をぞ歌ひける。磯禅師もめずら しからぬ身なれどもとて、きせんといふ白拍子しらびょうし をぞかぞ へける。催馬楽さいばら其駒そのこましゅ に劣らぬ上手どもなりければ、共に歌ひ遊びけり。
磯禅師が静にその事を話すと、
「左衛門尉様がいつもお尋ね下さる事だけでも、ありがたく思っておりますのに、その上、奥様までがおいで下さるなどとは思ってもみませんでした。それだけに嬉しゅうございますこと」
といって、自分の部屋をとり片付けてお入れした。掘藤次の妻も、一緒に立ち出でておもてなしをした。
人を懐柔しようという下心なので、酒盛りが始まってまだ間もない内に、祐経の妻は今様を歌った。掘藤次の妻も、催馬楽を歌った。磯禅師も、今更珍しくもない身ではあるけれどもといいながら、きせんという白拍子を歌った。催馬楽と其駒の二人も、主人に劣らない上手な者たちであったから、一緒に歌って楽しんだ。
『義 経 記』 校注・訳者:梶原 正昭 発行所:小学館 ヨ リ