祐経
先
ず先に行きて、磯禅師
に申しけるは、
「この程
は何
となく打紛
れ候ひて、参らず候へば、愚かなりとぞ思召
され候ふらん。三島
の御精進
にて渡
らせ給ひ候ひつる程
に、これも召具
せられ、日々の御参詣
にて渡らせ給へば、精進
なくては叶
ひ難
く候ふ間
、掻絶
え参り候はねば、返す返す恐入
りて候。祐経が妻女
も都の者にて候。掘殿
の宿所
まで参りて候。それ禅師
、よき様
に申させ給へ」
と申して、わが身は帰る体
にもてなして、傍
らに隠れてぞ候ひける。 |
祐経が先ず先に行って、磯禅師に向かい、
「この頃は何かと忙しさに取り紛れまして、参上致しませんでしたので、不実な者だとお思いでしょう。鎌倉殿が三島神社へご参籠あそばされますので、拙者もお供にお連れいらだき、毎日のご参詣でございますため、身を清めなくてはなりませんでしたので、すっかり無沙汰申し上げました事、重々申し訳なく存じますこの祐経の妻も都の者でございます。只今掘殿のお邸まで来ております。そうそう、禅師様、静殿によしなにおとりなし下さい」
といって、自分は帰るふりをよそおって、近くに身を隠していた。
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磯禅師
、静にこの由
を語れば、
「左衛門尉の常
に訪
ひ給ふだに有難
く思ひ参らするに、女房
の御入りまでは思ひも寄らざるつるに、嬉
しくも候ふものかな」
とて、わが方
をこしらへてぞ入れける。堀藤次
が妻女も、諸共
に行きてぞもてなしける。
人を賺
さんとする事なれば、酒盛
始めて幾程
もなかりけるに、祐経が妻女、今様
をぞ歌ひける。堀藤次が妻女も、催馬楽
をぞ歌ひける。磯禅師も珍
しからぬ身なれどもとて、きせんといふ白拍子
をぞ数
へける。催馬楽
、其駒
も主
に劣らぬ上手どもなりければ、共に歌ひ遊びけり。 |
磯禅師が静にその事を話すと、
「左衛門尉様がいつもお尋ね下さる事だけでも、ありがたく思っておりますのに、その上、奥様までがおいで下さるなどとは思ってもみませんでした。それだけに嬉しゅうございますこと」
といって、自分の部屋をとり片付けてお入れした。掘藤次の妻も、一緒に立ち出でておもてなしをした。
人を懐柔しようという下心なので、酒盛りが始まってまだ間もない内に、祐経の妻は今様を歌った。掘藤次の妻も、催馬楽を歌った。磯禅師も、今更珍しくもない身ではあるけれどもといいながら、きせんという白拍子を歌った。催馬楽と其駒の二人も、主人に劣らない上手な者たちであったから、一緒に歌って楽しんだ。
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『義 経 記』 校注・訳者:梶原 正昭 発行所:小学館 ヨ
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