〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 

2009/07/01 (水) しずか 鎌 倉 へ 下 る 事 (三)

兎角とかく して都を出でて、十三日に鎌倉に着きたりけり。
しずか を召して尋ね聞くべき事ありとて、大名だいみょう 小名しょうみょう をぞ召されける。
和田わだ畠山はたけやま宇都宮うつのみや千葉ちば葛西かさい江戸えど川越かわごえ を始めとして、そのかず くして参ず。鎌倉殿かまくらどのには門前もんぜん いち をなしておびただ しく、二位殿にいどの も御覧ぜられんとて、幔幕まんまく を引き、女房にょうぼう たち そのかず 参り集まり給ひけり。堀藤次ほりのとうじ ばかりこそ、しずか して参りたり。

そうこうしているうちに、都を出てから十三日目に一行は鎌倉に到着した。靜を呼び出して尋問すべき事があるといって、鎌倉殿は大名小名を招集された。和田、畠山、宇都宮、千葉、葛西、江戸、川越をはじめとして全員が集まった。鎌倉殿の御所は門前市をなす盛況で人々が雑踏し、二位殿も靜をご覧になろうとしてお出ましになり、幔幕を引いてその中に女房達が大勢参集した。そこへ堀藤次がひとりで靜を連れてやって来た。

鎌倉殿これを御覧じて、 「ゆう なりけり、現在げんざい おとうと の九朗だにもさいははざりせば」 とぞ思はれける。禅師ぜんじ も二人の美女びじょう も連れたりけれども、御ゆる されなかりければ、門前もんぜん に泣き居たり。
鎌倉殿これを聞召きこしめ して、 「御かど に女のこえ して泣くは何者なにもの ぞ」 と御尋ねありければ、 「磯禅師いそのぜんじ、二人の美女びじょう にて候」 と申しければ、鎌倉殿、 「おんななに か苦しかるべき。召せ」 とて召されけり。しずか着座ちゃくざ せさせて、ただ泣くよりほかのこと ぞなき。

鎌倉殿はこれをご覧になって、 「優美である。現在弟の九朗が寵愛してさえいなければなあ」 とお思いになった。禅師も二人の下女も一緒に来たが、お許しがないので内部に入れず門前で泣いていた。
鎌倉殿がこの泣き声をお聞きになり、 「門の所で女の声で泣いているのは何者か」 とお尋ねになったので、 「磯禅師と二人の下女でございます」 とお答えすると、鎌倉殿は、 「女なら何の差支えがあろう。呼べ」 といって、お呼入れになった。静は着席させられ、ただ泣いてばかりいる。

『義 経 記』 校注・訳者:梶原 正昭 発行所:小学館 ヨ リ