兎角
して都を出でて、十三日に鎌倉に着きたりけり。
靜
を召して尋ね聞くべき事ありとて、大名
小名
をぞ召されける。
和田
、畠山
、宇都宮、千葉
、葛西
、江戸
、川越
を始めとして、その数
を尽
くして参ず。鎌倉殿には門前
市
をなして夥
しく、二位殿
も御覧ぜられんとて、幔幕
を引き、女房
達
その数
参り集まり給ひけり。堀藤次
ばかりこそ、靜
を具
して参りたり。 |
そうこうしているうちに、都を出てから十三日目に一行は鎌倉に到着した。靜を呼び出して尋問すべき事があるといって、鎌倉殿は大名小名を招集された。和田、畠山、宇都宮、千葉、葛西、江戸、川越をはじめとして全員が集まった。鎌倉殿の御所は門前市をなす盛況で人々が雑踏し、二位殿も靜をご覧になろうとしてお出ましになり、幔幕を引いてその中に女房達が大勢参集した。そこへ堀藤次がひとりで靜を連れてやって来た。
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鎌倉殿これを御覧じて、 「優
なりけり、現在
弟
の九朗だにもさいははざりせば」 とぞ思はれける。禅師
も二人の美女
も連れたりけれども、御許
されなかりければ、門前
に泣き居たり。
鎌倉殿これを聞召
して、 「御門
に女の声
して泣くは何者
ぞ」 と御尋ねありければ、 「磯禅師、二人の美女
にて候」 と申しければ、鎌倉殿、 「女
は何
か苦しかるべき。召せ」 とて召されけり。静
は着座
せさせて、ただ泣くよりほかの事
ぞなき。 |
鎌倉殿はこれをご覧になって、 「優美である。現在弟の九朗が寵愛してさえいなければなあ」
とお思いになった。禅師も二人の下女も一緒に来たが、お許しがないので内部に入れず門前で泣いていた。
鎌倉殿がこの泣き声をお聞きになり、 「門の所で女の声で泣いているのは何者か」 とお尋ねになったので、
「磯禅師と二人の下女でございます」 とお答えすると、鎌倉殿は、 「女なら何の差支えがあろう。呼べ」
といって、お呼入れになった。静は着席させられ、ただ泣いてばかりいる。
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『義 経 記』 校注・訳者:梶原 正昭 発行所:小学館 ヨ
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