とまれ、彦島は、堅陣だった。 そのうえ、死にもの狂いの兵がい、上には、寡黙
な大将知盛がいたのである。 「みかどの御着。お迎えにまいろうよ」 彼は、阿波民部や、維盛の弟資盛、有盛などを従え、その時刻、福良の浜に、立ちならんでいた。 屋島から落ちて来たおびただしい味方の船を見、知盛は、なつかしいとも、これからは、心強いとも、思えなかった。 「──
これだけの船、これだけの将士を擁し、なんでむざと、敗れたことぞ」 と、それのみが、こみ上げてくる。 だが、やがて続々、船から上がって来た人びとの姿を見ると、案に相違して、みな粧よそお
いが小ぎれいなので、知盛は、いくらか、ほっとした容子だった。 主上、女院、二位ノ尼。いずれもさしてお疲れとは見えない。わけて兄の宗盛は、ゆさゆさと、その巨躯きょく
を、大勢の中に見せて、近づいて来、知盛の前へ来ると、 「おう・・・・」 と、手をさしのべ、 「ついに、われらも、ここまで、おん供して参った。──
賢所かしこどころ
(神器) と、みかどのおん供申して参った。しょせんは、一蓮托生いちれんたくしょう
の約束事であろう。お許には、まず息災で何より」 と、言った。 握られた手を、知盛は黙って、握り返した。 門脇中納言教盛、それから経盛、また盛国と、つぎつぎに、一別以来の顔に会う。 「・・・・・」 知盛は、始終、黙々とその人たちの久しぶりな姿を眼で迎えた。 どの顔へも、思いはいっぱいで、いちいち、言う言葉も出ないのであろう。 ──
と、たれかが、いきなり食いつくように、彼の肩へ来て、泣き顔を擦りつけた。 見ると、能登守教経だった。 「め、面目ない。ここへ参って、お会わせする顔もございませぬ。無念です。む、無念です」 その教経の、血の気にふれても、知盛は、少し顔を斜めにして見せただけで、何も言わなかった。 さりとて、体をよけるでもなく、いつまでも、教経の泣くにまかせて、自分の肩を、彼の泣き顔へあずけていた。──
しして、その佇立ちょりつ のまま、眼の前を通って行く母の二位ノ尼や、みかどの御輿、女院の御輿などへ、いちいち、静かな目礼をささげていた。
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