〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-Z 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (九) ──
く り か ら の 巻

2013/10/06 (日)  耳 遠 き 武 者 (四)

敵将義仲は、どうも、まだ、越前えちぜん には来ていない。加賀かが までさえ、進撃して来た気ぶりはない。
昨今、彼のいる所は、越後の国府かと、想像される。
さきに、義仲は、一子義高を、鎌倉方へ質子ちし として渡し、頼朝と和睦わぼく したものの、なお頼朝のはら を疑って、いつでも信濃平原に出られる備えのため、越後にとどまっているのではあるまいか。
── とすれば。
先ごろ来、大挙上洛の風聞がしきりだったのは、虚説であるばかりでなく、木曾方の、意識的な牽制けんせい であったかもしれない。
あるいは、義仲ならぬ麾下きか の別動隊を 「── すわや、木曾殿の上洛軍」 と、驚きあやま って、誇大に伝えたのかも知れない。
いずれにせよ、義仲は、近くにいない。遠い越後にあるようだ。そこで、斎藤別当がすすめるところは、
(一日も早く、北陸道の要害、ひうちじょう を抜き給え) というにあった。
燧ケ城は、とち ノ木越えから東近江へ出る山道と、海ぞいの道の敦賀つるが から若狭わかさ へ通う方面を結び合わせている北陸の関門である。
これを占むるものが、北陸を制しよう。
当然。
木曾に具眼の士があれば、 くに、そこは抑えているはずだ。はや要塞化ようさいか されているかも知れない。
だが、木曾の本軍は、遠くにあり、わが大軍をもって今、一押し攻めれば、必ず ちよう。要は、敵に援軍の日時をかさないことである。
ゆる きをもって、よしとする場合もあり、急を利とする時もあります。おまこそ、いかに急ぐとも、急ぎすぎるということはござりますまい)
実盛さねもり がすすめるままに、通盛みちもり や、清房らも、即座に、数千の兵を分けて、途中から燧ケ城の背後へ急がせたものであると、釈明した。
「いや、よう分かった。燧ケ城とは、そのような大事な要害か」
維盛は、国絵図をひろ げさせて、さらに、この辺の地理に詳しい越中えっちゅう 次郎兵衛じろうびょうえ 盛嗣もりつぐ やら飛騨判官ひだのほうがん 景高などの、つぶさな説明を聞き取り、いちいちいなずいた後、
「木曾は、たしかに、越前には、おるまいかのう。・・・・どうして、それが、確かだと、申しうるか」
と、清房に、ただ した。
「されば、斎藤の別当は、こう申しまする。今日までの木曾が戦振いくさぶ りをみても、ひとたび、駒を進むるや、破竹の勢いをなし、行くところまで行かねば止まらぬのが、木曾持ち前の戦癖いくさぐせ 。── もし義仲が動きおるものなれば、加賀、越前に、こうひそ まっているはずはない ── と」
「うム、道理だ。いかにも」
富士川のころと違い、維盛も近ごろは、人の説をよく聞いた。実盛の献策は、大いによしとして、次ぎの行動は、しべてその方針のもとに、評議された。
末席にいた実盛も、自分の言が用いられたことを知り、ひどくうれしそうだった。翁仮面おきなめん のように相好そうごう をほころばせ、その後の酒盛りでは、いつになく、杯のかずを重ね、ひざをたたいて、ひとり何か微吟びぎん などしていた。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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