改元、また改元となって、康治元年。──
その三月も、半ばを過ぎたころの、ある夕べ。 夕明りの映す、東山の枯れ木林の中を、かさこそと、一人の若い僧が、雪おれ枝を、拾って歩いていた。 さきの左兵衛尉佐藤義清。──
今は、法衣
一つの、西行であった。 いわゆる、 “祗園精舎ぎおんそうじゃ
の鐘の声” とは、この辺の峰、山ふところなどの、朱門楼閣しゅもんろうかく
や堂塔の繁昌を思わせるものだが、若いこの一僧の姿には、みじんの装飾もない、仏臭ほとけくさ
さもない。 沙羅双樹さらそうじゅ
の花ならぬ、枯れ木を拾っては、手に抱えた。 「・・・・おうっ。ここにおいでなされましたか」 人の声に、西行は、振り向いた。 「や。源五兵衛か」 「草庵の内にもお見え遊ばさず、双りん林寺の者も知らぬと言うし、さては、洛内へ、お出ましか、などと思いながら、あちこち、お探しいたしました。・・・・こんなところで、何をしておられますので」 「いや、薪拾いに出たのだが」
と、西行は、明るく笑って ── 「手に拾う薪よりは、静かな谷の、気ままと、おもしろさに、うかうか、日が暮れてしもうたのだよ」 と、言った。 「薪を?
・・・・。やれ、薪などを」 朗従の源五兵衛には、ゆい、きのうまでの主人義清が、考え出されてならないのである。走り寄って、それを、すぐ自分の手に、抱え取って、言った。 「もう、お帰りでございましょうが」 「何か、急な用向きでも、できたのか」 「いえいえ、お姫さまにも、お内方うちかた
も、みな様お変わりはございませぬ。そして、あとのお屋敷の始末、下婢しもめ
たちから、厩うまや
の馬まで、それぞれ、よいように、片づけ終わりました。荘園しょうえん
の地券ちけん
の御返上も、とどこおりなく」 「すまないのう。・・・・ただただ、すまないと、詫わ
びておる」 「御縁者方ごえんじゃがた
にも、もう、うごく御決意ではないと分かり、ふっつり、おあきらめに、見うけられまする。・・・・で、近いうちに、奥がた様も、お子を連れて、お里方さとがた
へ移られましょう」 「そうか・あれたちも、やっと心を、きめてくれたか。やれやれ、うれしいことだ」 西行は、たった一つの気がかりだった妻子のことが、一応は安心されたように、眉まゆ
をひらいた。そして、やがて、かれの仮の庵いおり
── 双林寺裏のわびたる小屋のうちへ、ふたりして帰った。 |