〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part Z』 〜 〜
「 恋 の 物 語 」 に 秘 め ら れ た 謎
ア リ ア ズ ナ と は 誰 か ?

2012/11/03 (土) ほんとうの父親はコヴァリスキー大佐

公文書館での作業を許可してくれたマリーナ・エフゲニエヴナ・マレヴィンスカヤの支援および全面的な協力と、アレクセイ・ユリエヴィチ・エメリン公文書館員の知識のおかげで、海軍省海事技術委員会機雷敷設専門家コヴァリスキー (Koval‘sky) ・アンドレーヴィッチという海軍大佐が見つかった (以下、「コヴァリスキー大佐」 と呼ぶ) 。彼には娘のアリアズナ (アリアドナ) ・アナトリエーヴナ・コヴァリスカヤと二人の息子、アナトリーそしてアンドレイがいた。
海軍省の大佐の娘、ペテルブルク県の貴族の娘、アリアズナ・コヴァリスカヤは、冬宮殿の大広間に輝く無数の電球からは遠い場所に居たが、彼女は皇帝の家族を見たことがあり、海軍兵学校を卒業した兄弟から上流社会の生活について話を聞くのが好きだった。もっとも兄弟から多くを聞くことは出来ず、しかも下らない内容でしかなかった。彼女は聡明で、文学を好み、新聞を読み、数ヶ国語を知っていた。彼女はヴァシリエフスキー島の片隅やエストランドの別荘に留まらず、何らかの新しい知識と見聞を欲していた。彼女は現代人になろうとしていた。
しかし彼女は、見たこともない遠くに行かずとも、この新しい世界が向うからやって来て、彼女の人生を一変させるとは思ってもいなかった。ギリシャ神話のアリアズナ (アリアドナ、クレタ島の皇女) の下にはギリシャからテーセウスがやって来たが、彼女のテーセウスはヨーロッパからではなくアジアから来るというのは思いもよらない事だった。アリアズナ・コヴァリスカヤのテーセウスは明治初年の1868年五月二十七日九州の竹田という町に生まれた廣瀬武夫という名の、日本から来た先祖代々の侍であるとは ──。

著:スヴェトラーナ・フルツカヤ