かかる悋気
の深き女を持合もちあは すこそ、その男の身にして因果なれ。おせん迷惑ながら聞き暮せしが、
「思へば思へばにくき心中、とても濡れたる袂たもと
なれば、この上は、是非ぜひ に及ばず、あの長左衛門に情なさけ
けをかけ、あんな女に鼻あかさん」 と思ひそめしより、格別の心ざし、程なく恋となり、しのびしのびに申し交かは
し、いつぞの首尾しゆび を待ちける。 貞享ぢやうきやう
二年正月二十二日の夜よ 、恋は引手ひくて
の宝引縄ほうびきなは 、女子の春慰なぐさ
み、更けゆくまで取り乱れて、負け退の
きにするもあり、勝つ飽かず遊ぶもあり、我知らず鼾いびき
を出すもありて、樽屋も、ともし火消えかかり、男は昼のくたびれに鼻をつまむもしらず。おせんが帰るにつけこみ、 「ないない約束、今」 といはれて、嫌いや
がならず、内に引入ひきい れ、跡にもさきにも、これが恋のはじめ、下帯おび
下紐ひも ときもあへぬに、樽屋は目をあき、
「会はば逃のが さぬ」 と声をかくれば、夜の衣をぬぎ捨て、丸裸にて、心玉こころだま
飛ぶがことく、はるかなる藤に棚に紫のゆかりの人ありければ、命からがらにて逃げのびける。 おせん、 「かなはじ」 と覚悟の前、鉋かんな
にして心もとを刺し通し、はかなくなりぬ。その後のち
、亡骸なきがら も、いたづら男も、同じ科野とがの
に恥をさらしぬ。その名さまざまの作り歌に、遠国ゑんごく
までも伝へける。あしき事はのがれず、あな恐ろしの世や。 |