平家の兵
、返し合はせ返し合はせ、所々ところどころ
に討う ち死じ
にしける間あひだ に、左衛門佐も、三河守も六波羅へこそ着きにけれ。
「与三左衛門・進藤左衛門二人に侍さぶらひ
なかりせば、重盛争いか でか身を全まつた
うせん。抜丸ぬけまる なかりせば頼盛、命いのち
延の びがたし。二人の郎等らうどうの
、一腰ひとごし の太刀、いづれも重代ぢゆうだい
の物は、様やう ありけるぞ」
と、見る人感じ申しける。 |
平家の兵は引き返し戦いなどして所々で討ち死にしたが、ともかく、左衛門佐も三河守も六波羅に着いた。
「与三左衛門と進藤左衛門の二人の侍がいなかったら、重盛は生きていられなかったであろう。抜丸がなかったら、頼盛も生き延びることが出来なかった。二人の郎等と一腰の太刀、平家に代々仕えるということは、それなりのわけがあるのだろう」
と見る人は皆感心した。 |
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この抜丸ぬけまる
と申すは、故こ 刑部卿ぎやうぶきやう
忠盛ただもり の太刀なり。六波羅池殿いけどの
にて、忠盛、昼寝ひるね してありける程に、枕まくら
に立てたる太刀二度抜けけると、夢ゆめ
のやうに聞き きて、目を見開き、見たまへば、池より長さ三丈ぢやう
ばかりありける大蛇だいじや 浮う
かみ出い で、忠盛を犯おか
さんとす。この太刀の抜けけるを見て、蛇じや
は池に入り、太刀は元のごとく鞘さや
に入い り、蛇また出い
ずれば、太刀また抜けけり。蛇、その後のち
、池に入りて、またも見えず。忠盛、 「霊ある剣なり」 とて、名を抜丸ぬけまる
とぞ付けられける。清盛、嫡子なれば、 「定めて譲ゆづ
り得ん」 と思ひけるに、頼盛、当腹たうぶく
の愛あいし 子たるによって、この太刀を譲り得たり。これによって、兄弟きやうだい
の中不快ふくわい とぞ聞きこ
えし。 |
この抜丸は故刑部卿忠盛の太刀である。六波羅池殿で忠盛が昼寝していたところ、枕辺に立った太刀が二度抜ける音を夢のように聞いて、目覚めて見たところ、池から長さ三丈もあろうかという大蛇が浮かび出て忠盛におそいかかろうとしている。しかし、この太刀が鞘から抜けるのを見て、大蛇は池に入り、太刀はもとのまま鞘に入った。大蛇がまた出てくると、太刀はまた鞘から抜けた。大蛇はその後池に入って、再び姿を現すことがなかった。忠盛は、
「霊力のある剣だ」 と感心して、名を抜丸と付けた。清盛は嫡子だから 「当然この太刀を譲られること」 と思っていたのに、頼盛は当腹でかわいがられている子ゆえ、この太刀を譲られた。このため、清盛・頼盛兄弟は不仲になったということである。 |
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『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館 ヨ
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