後藤兵衛と平山「と二騎、討ち別れて、町
を下さが りに負追ひて行く。先を見ければ、六波羅勢ぜい
と思おぼ しくて、赤印あかじるし
付く武者むしや 二騎、引き残りて、時々返し合はせ返し合はせ戦ひけり。一騎は緋縅ひおどし
の鎧よろひ 着き
て、栗毛くりげ なる馬に乗り、一騎は黒糸縅くろいとおどし
の鎧着て、鴾毛つきげ なる馬にぞ乗りたりける。後藤兵衛・平山、余あま
さじと追つ駆けたり。緋縅の鎧着たる兵つはもの
、相近あひぢか に攻められて、馬の鼻を返し、後藤兵衛とただ一太刀ひとたち
打ち違ちが へて、むずと組む。後藤兵衛、上になりて、敵てき
を取り押さへけるを、平山、うち見て、 「ようこそ見ゆれ、後藤」 と云ひ捨す
て、黒糸鎧に目を懸けて、追つ駆けたり。敵てき
が馬逸物いつもつ にて、間遠あひどお
になりければ、平山、小鏑こかぶら
を取りて番つが へ、よつ引ぴ
いて放はな ちけり。敵てき
の馬の太腹ふとはら を追様おつさま
に、はたとぞ射たりける。頻しき
りに馬跳は ねければ、鐙あぶみ
を越こ して下お
り立ちけるが、あるいは辻堂つじだう
の内うち へつと入り、平山も馬より下り、馬をば門の柱にしづしづと繋つな
ぎ、太刀を抜きて門の内へつと入る。敵てき
、太刀を打ち折りけるにや、矢を取りて打う
ち番つが ひ、堂の庭に積み置きたる材木の陰へ走り廻めぐ
り、小引こび きに引いて待ち懸けたり。 |
後藤兵衛と平山二騎は、」別々に町を下りに追って行く。前方を見ると、六波羅勢と思われる、赤印を付けた武者が二騎残って、時々引っ返しては戦っていた。一騎は緋縅の鎧を着て。栗毛の馬に乗り、一騎は黒糸縅の鎧を着て、鴾毛の馬に乗っていた。後藤兵衛と平山は、打ちもらすまいと追いかけた。緋縅の鎧を着用した兵は、間近に攻め寄られて、馬の向きをかえ、後藤兵衛とただ一太刀打ち交わし、ぐいと組んだ。後藤兵衛は組み敷いて上になり、取り押さえているのを平山はちらりと見て、
「よくやった、後藤」 とだけ言い捨てて、黒糸の鎧を目指して、追いかけた。敵の馬はすばらしく、間がだんだん離されたので、平山は小鏑を取り出してつがえ、強く引いて放った。敵の馬の太腹の上方を射た。馬が頻りにはねたので、鎧をおこして、馬から下り立ち、辻堂の方へすっと入る。平山も馬から下り馬を門の柱に音をたてぬように用心して繋ぎ、太刀を抜いて門の中にすっと入った。太刀を折ったのであろう、矢を取り出して番え、堂の庭に積み重ねている材木の後ろに走りまわり、弓を少し引いて待ち構えていた。 |
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平山、隙すき
もなく、つと寄りけるを、引き設まう
けたる矢なれば、ひやうど放はな
つ。平山、身を縒よ れば、内甲うちかぶと
を指さ して射たる矢が、錣しころ
を外に射い 出いだしけり。弓を捨て、腰刀こしがたな
を抜き、ちつとも退しりぞ かず、平山が打つ太刀たち
に左の小腕こがいな を打ち落おと
とされて、つと寄りて、むずと組む。平山、太刀を捨てて、捕りて押さへて首を取り、材木の上に置お
きて、大気おほいき をついて休む所に、後藤兵衛も、組み落としたる緋縅ひおどし
の主と思おぼ しくて、首一つとつ付きに付きてぞ出い
で来たる。平山、これを見て、 「や、殿、後藤殿、その首捨てたまへ、今日は首の不足もあるまじ。さやうに取り持ちては、名あらん首をば誰たれ
に持たすべきぞ。早く捨てたまへ」 と申せば。後藤兵衛が申すやう、 「これ等ら
が振舞ふるまひ もただものとは思おぼ
えず。この首をばここに置きて、在地ざいち
の輩ともがら に守まぼ
らせて、後にち に取らん」 とて、二つの首を、材木の上に置きて、
「この首失ひては、在地の罪科ざいくわ
ぞ。堅かた く守れ」 と言ひ置き、二人ににん
、馬に打ち乗りて、轟とどろ 駆か
けして、六波羅の勢ぜい を追ひて行く。
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平山は用心してすっと寄って来たところを、あらかじめ構えていた矢なので、ひゅうっと放った。平山は身をよじってのがれたが、内甲めがけて射た矢が錣を射抜いて矢先が外に出ていた。弓を捨てて、腰刀を抜いてすこしも退かず、平山が打ちかかってくる太刀で左の小腕を打ち落とされ、さっと近付いて、むずと取り組んだ。平山も太刀を捨てて、取り押さえて首を取り、材木の上に置いて深く息をはいて休んでいる所に、後藤兵衛も組み落とした緋縅の主と思われる首を一つかかえてやって来た。平山はこれを見て、
「や、殿、後藤殿、その首を捨てよ。今日は首の不足もあるまい。そんなに取り持ったのでは、名のある首を誰に持たせるつもりか。早く捨てよ」 と呼びかけたところ、後藤兵衛が言うには、
「これらの戦いぶりはただ者とは思われなかった。この首はここに置いて、この土地の輩に守らせて、後に取ることにしよう」 と言って、二つの首を材木の上に置き、 「この首を失うならば、土地の者の罪だぞ。しっかり守れ」
と言い置いて、二人は馬に乗り、地ひびきたてて馬を駆けさせ、六波羅の軍勢を追って行った。 |
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『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館 ヨ
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