このことをお七の親たちが聞きつけて、
「お嘆きはごもごもっともと存じますが、娘が臨終の時くれぐれも申しますには、吉三郎殿がまことに私を思ってくださるのならば、浮世をお捨てになり、どのようなご出家にでもなってくださって、このようにして死んで行く私の後世を弔
ってくださるならば、どれほど嬉うれ
しいか、そのお情けは決して忘れることはございません。二世までの夫婦の縁は決して空むな
しくなることはありますまい、と申し残しました」
と、いろいろと言葉を尽くしたが、なかなか吉三郎は聞き入れず、いよいよ思い切って舌を食い切る気配が見えた時、お七の母親が耳の側そば
近くに寄って、しばらく小声で囁ささや
かれたのは何事だったのだろうか。吉三郎はうなずいて、
「わかりました」 と言って、その言葉に従った。 その後、兄分の人も帰って来て、もっとも千万な意見を申しつくし、吉三郎は出家することになった。この美しい前髪を散らす哀れさ。坊主も剃刀かみそり
を投げ捨て、まるで満開の花を一瞬の嵐に吹き散らす心地がして、思い比べると、命はあるというものの、お七の最期よりはなお一層哀れであった。剃髪ていはつ
してみると、古今まれな美僧となったが、あたら美少年をと惜しまぬ者とてはなかった。すべて恋が動機で発心ほっしん
した僧は道心堅固である。吉三郎の兄分の人も故郷の松前に帰って出家し墨染すみぞめ
の衣をまとう身になったという。さてもさても、あれこれと様々に入り乱れた恋であった。まことに哀れである。無常である。夢である。現である。 |