四人の乳母
ども、首もなき躯むくろ 横に懐いだ
きつつ、喚をめ けども、叫さけ
べども、言こと 問と
ひ弔とぶら ふ者もなし。ただ、山彦やまびこ
のみぞ答へける。船岡山の事なれば、峰の小松の秋風は、悲嘆の声を添そ
へ麓ふもと の野辺のべ
の夕露ゆふつゆ は、別離の涙にことならず。 その中に、天王殿の乳母、内記平太ないきのへいた
、紐ひも 解と
き、懐ふところ に押し入れて、養君やうくん
の膚はだへ を我が膚に合はせつつ、泣く泣く口説くど
き云ひけるは、 「今歳七年の間は、片時へんし
も離れ奉らず。今より後、誰たれ
かは膝ひざ の上に据す
ゑん。誰かは首をも抱いだ かんずる。
『いつか所知しよち しりて汝にあづけん』
と宣ひし有様ありさま も、いづれの時にか忘るべき。また、幼き御心に、死出しで
の山路やまぢ をば、いかなる者に伴ひて、いかにとしてか越えたまはん。しばらく待たせたまへよ。後れ奉らじ」
とて、腹掻か き切き
って、打ち重かさ なりてぞ臥ふ
してける。残る三人の乳母どもも、これを見て、誰か劣おと
り後おく るべきとて、皆腹をぞ切ってける。天王殿の恪勤かくご
一人いちにん 、自害す。乙若殿の恪勤一人、自害す。かかりければ、船岡山にても、主従十人は失う
せにけり。 波多野次郎、首ども持ち帰りて、内裏へ参る。この由を奏しければ、 「実検じつけん
に及ばず」 とて、返されたり。さしも父を恋ひ奉りければとて、円覚寺ゑんがくじ
に送りて、一所にぞ納めける。 |