〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-U』 〜 〜
保 元 物 語 (中)

2012/06/01 (金) 新 院 御 歎 き の事

新院しんゐん は、寛遍法務くわんぺんほふむの坊に渡らせましませけるが、しか るべき人々もさふら はれず、ただ女房二、三人ばかりぞ候ひける。かき らす御涙の内なれば、御こころ の澄むとしもはなけれども、御なげ きのあまりに、かくぞおぼ し続けける。
『思ひきや 身を浮雲うきぐも に なしはてて  嵐の風に まかすべしとは』
『憂 き事の まどろむ程は 忘られて   むれば夢の ここちこそすれ』 
新院は寛遍法務の坊にお移りになったが、しかるべき人々がお仕えするわけでもなく、ただ女房二、三人だけがお仕えしていた。涙があふれるばかりで、御心の晴れることはなかったが、御歎きのあまり、かく思い続けていらした。
(これまで思ったこともない身の上。浮雲の如く頼りなく、嵐の風に身をまかせ、ただようのみ)
(まどろむ間だけはこの憂さを忘れられるというもの。覚めて一瞬、よみがえりくるこの憂さ、夢であってほしい)
『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ