玉の砌
に近付き進 りし月卿雲客
も、二度 御声を聞くべからず。錦
の帳 を隔てざりし国母
女官 も、また御姿を見奉るべからず。中にも女院
の御歎き、類 少なかりし御事なり。碧玉
の床 の上には、旧
き御衾 空
しく残り、珊瑚 の枕
の下には、昔を恋ふる御涙のみ徒
らに積れり。灯火 の本
には伴ふ影 もましまさねば、壁
の底のきりぎりすの声にみすずろに冷
じく、南庭 に花を御覧ずれども、袖を連ねし匂
にもあらず、北苑 に虫を聞けども、枕を並べし声にもあらず、ただ、夜も長く日も長くぞ思し召されける。去んぬる歳の秋、近衛院の御隠れありしをこそ、またなき御悲しみと思し召されしに、この歎きさへうち添はせたまふぞ哀れなる。両院ともに千秋万歳
とこそ思し召されけめども、閻浮
の身、貴賎 高下
異 なる事なく、無常の境
、刹利 も須陀
もきらはず。妙覚 の如来
なほ因果 の理
を示し、大智 の声聞
また前業 を顕
す事なれば、凡下 の驚くべきにはなけれども、去年
の御涙に今年の御袖の露添
はせたまふこそあさましけれ。 「手の裏を返すがごとくなるべし」 と巫女
占ひ申しけんなれば、この後
もいかなるか事あらむずらんと、まことに深淵
に臨 んで薄氷を踏むがごとし。恐
れ惶 きける程に、御歎きの中にも、新院
の御心の中、知りがたし。さればにや、禁中も物騒がしく、仙洞
も密語々々 事のみ多かりけり。 |