〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-U』 〜 〜
保 元 物 語 (上)

2012/05/05 (土) 法 皇 崩 御 の 事 (三)

玉のみぎり に近付きまゐ りし月卿雲客げつけいうんかく も、二度ふたたび 御声を聞くべからず。にしきとばり を隔てざりし国母こくも 女官によくわん も、また御姿を見奉るべからず。中にも女院にようゐん の御歎き、たぐひ 少なかりし御事なり。碧玉へきぎょくとこ の上には、ふる き御ふすま むな しく残り、珊瑚さんごまくら の下には、昔を恋ふる御涙のみいたづ らに積れり。灯火とぼしびもと には伴ふかげ もましまさねば、かべ の底のきりぎりすの声にみすずろにすさま じく、南庭なんてい に花を御覧ずれども、袖を連ねしにほひ にもあらず、北苑ほくゑん に虫を聞けども、枕を並べし声にもあらず、ただ、夜も長く日も長くぞ思し召されける。去んぬる歳の秋、近衛院の御隠れありしをこそ、またなき御悲しみと思し召されしに、この歎きさへうち添はせたまふぞ哀れなる。両院ともに千秋万歳せんしうばんぜい とこそ思し召されけめども、閻浮えんぶ の身、貴賎きせん 高下かうげ こと なる事なく、無常のさかひ刹利せつり須陀しゆだ もきらはず。妙覚めうかく如来にょらい なほ因果いんぐわことわり を示し、大智だいち声聞しやうもん また前業ぜんごふあらは す事なれば、凡下ぼんげ の驚くべきにはなけれども、去年こぞ の御涙に今年の御袖の露 はせたまふこそあさましけれ。 「手の裏を返すがごとくなるべし」 と巫女かんなぎ 占ひ申しけんなれば、こののち もいかなるか事あらむずらんと、まことに深淵しんえんのぞ んで薄氷を踏むがごとし。おそおのの きける程に、御歎きの中にも、新院しんゐん の御心の中、知りがたし。さればにや、禁中も物騒がしく、仙洞せんとう密語々々ささやく 事のみ多かりけり。

院の側近の公卿殿上ひとたちもふたたび院にまみえることはかなわない。身近でお世話した国母や女官も、院のお姿をまた拝することはできない。なかでも、きさき 美福門院のお嘆きはたとえようもないほどであった。碧玉で飾った寝床にはむなしく使い古されたご寝具が残り、産後で飾った枕もとには昔を偲んでこぼした涙のあとが散見される。灯ともっていつも連れ添った院のお姿はなし、壁ぎわのきりぎりすの声ばかりやけにさむざむとひびき、南庭の花を御覧になっても連れだって眺めた折のあでやかさとは似ても似ず、北苑の虫の音とて枕を並べて聞いた折の音ではなく、独り身になって夜も昼も長く感ぜられてならない。享年の秋の近衛院崩御はこの上ない悲しみであったのに、追いうちかけてのこの嘆きとあれば悲痛のきわみというものである。両院ともにご長寿であれとの願いもかなわず、人間界の定め、死の到来は身分の上下を選ばず、刹利も須陀何ら変わりはない。仏また因果の道理をお示しになり、いかなすぐれた方でも前世の業因からは逃れられないとのことでもあるだけに、並の人間としてはことさら驚くほどのことだはないにしても、去年御子に先立たれ今年は院とのお別れと涙に涙を添える非情な運命とは、女院にとって苛酷かこく なものである。 「大騒動の到来は間違いないこと」 と巫女みこ が告げたことでもあり、この後どのような変事が起こるであろうかと不安にかられるさまは、深淵に臨んで薄氷を踏むがごとしとのたと えそのままであった。恐れおのにきながらの人々のお嘆き、なかで、崇徳すとく いん のご心中はいかばかりかは測りがたいことである。不安はいやまし、天皇の御所も騒然たるありさま、新院の御所もひそしそ話が横行していた。
『将門記・陸奥話記・保元物語・平治物語』 発行所:小学館  ヨ リ