あなたと読む恋の歌百首
俵 万智・著 ヨリ
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参考ファイル

指からめあふうとき風の谿は見ゆ 
    
ひざのちからを抜いてごらんよ 

いつかふたりになるためのひとりが 
    やがてひとりになるためのふたり

赦せよと請うことなかれ赦すとは 
    ひまわりの花の枯れるさびしさ 

全存在として抱かれいたる 
 あかときのわれを天上の花と思わむ

春芽ふく樹林の枝々くぐりゆき 
    われは愛する言ひ訳をせず

一度にわれを咲かせるようにくちづける 
     ベンチに厚き本を落として

わがおもふをとめこよひは遠くゐて 
   人とあひ寝るさ夜ふけて

人間のいのちの奥のはづかしさ
   滲み來るかもよきみに對へば

駆けてくる髪の速度を受けとめて
   わが胸青き地平をなせり

文明がひとつ滅びる物語しつつ
   おまえの翅脱がせゆく

たとえば君 ガサッと落葉すくふやうに
   私をさらって行ってはくれぬか

たった今全部すててもいいけれど
   あたしぼっちの女でも好き?

せつなさと淋しさの違い問うきみに
    口づけをせり これはせつなさ

暖かき春の河原の石しきて
 背中あはせに君と語りぬ

樹の葉噛む牝鹿のごとく背を伸ばし
   あなたの耳にことば吹きたり

愛などと言はず抱きあふ原人を
   好色と呼ばぬ山河のありき

掌のぬくみ伝うるブランデー飲みほせば
   君になだるる潮みちくる

処女にて身に深く持つ浄き卵
   秋の日吾の心熱くす

肉体もて愛し得ぬことも侮辱ならむ
   風となる夜半に赤き本閉ず

君がふと冷たくないかと取りてより
   絡ませやすき指と指なり

一夜きみの髪もて砂の上を引摺りゆく
    われはやぶれたる水仙として